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短編 「私、あなたを好きで好きで好きで、愛しているから、あなた私を愛してくれますか?」

1.

 ××くんを妊娠させたい。
 男の子ってレイプされると死んじゃう生き物だから、なるべくやさしく乱暴してあげて、私が君のこと愛してるよって、伝えたい時に殴られるんだって学習させて、痛みを感じるたびに、私の愛を感じられるように、××くんの脳の中の神経配列を組み替えちゃいたい。
 できることなら、××くんの頭の中に手を突っ込んで、よだれと涙をだらだら垂らしながら、あうあうとあえいでいる唇にそっとキスして、快楽物質をため込んだ袋をぐっと握りつぶした後に、白く汚れた××くんの足の間を綺麗にしてあげたい。
 えへ。もう××くんが可愛すぎて、私の瞳がとろけちゃいそう。子犬みたいなきらきらの目で、背の低いのを気にかけながら、私のこと、上目遣いで見上げる××くんの頭、なでなでして、胸に抱きかかえて窒息させて殺したい。彼の肺の中、私の匂いで一杯にしてあげたら、きっと××くん、私のことを好きになってくれるはず。
 ××くんの子どもを出産してあげる妄想で、もう夜が明けちゃう。××くんのこと、意味ありげな視線で誘惑して、受精した卵子がぷちぷちと音を立てながら、細胞分裂するのをいやいやと首を振りながら、涙を流して、拒否したい。陣痛の痛みにもだえながら、大丈夫だよって××くんに笑いかけて、彼の手が砕けるくらい、一生懸命、手を握っていたかった。
 でもでも、私が××くんを妊娠させるから、きっとそれは無理なのだ。私の中で育った黒い思惑の種を、そっと××くんのおへその下に植え付ける、と想像すると、叫び出したくなるほど興奮する。種から発芽した青虫は、××くんの内臓をむしゃむしゃ食べて、大きくなる。私はいつか、その青虫が××くんのお腹を喰い破って出てくるのを楽しみに待っている。えへ。

「おーい!」
 後ろからかけられた声に、私は身を固くした。ゆっくり息を吸って、振り返ると、××くんが大きく手を振っていた。いつものように、少し大きめのリュックサックを背負って、ずれた肩紐を律儀に直す。
「お、おはよぅ」
 にこっと笑いかけて、挨拶の最後で声がかすれたのをごまかす。えへへ、と笑って、頭の中で話題を探した。天気、宿題、部活に学園祭。どれから話そうかな、と顔を上げると、××くんはいつも一緒のAくんを見つけて、走っていってしまった。
 話しかけようと中途半端に開いた口が、あまりに間抜けだったから、咳払いしてごまかした。何事もなかったように、××くんは私の横をすり抜けて、Aくんの肩を小突く。
 私は背中を丸くして、小さくなって歩いた。いつもポケットの中に用意してあるマスクを付けて、イヤホンをはめる。通学路は私には少しうるさすぎるのだ。みんな悪い人じゃないけど、この年頃の学生はちょっとはめを外しすぎるから、節度を守りたい私には不相応で、相手をするのは疲れちゃう。本当に、悪い人じゃないんだけど……。
 えへ。ま、まあ、お喋りがすぎるくらい、なんてことないよね。元気なのはいいことだ。とにかく、今日は××くんに話しかけられただけでも、一歩前進。計画は順調に進んでいる。学生カバンに仕込んだ道具は少し重いけど、大丈夫。右から左にかけかえれば、ほら痛くない。空き教室にこれを隠して、あとは、××くんを呼び出すだけ。きっと××くんは喜んで、付いてきてくれる。女の子に呼び出されるなんて、経験ないはずだから。
 私、覚えてるよ。今年の初め、クラスが一緒になった次の日に「髪、切ったら、絶対かわいくなるって」って言ってくれたこと。うれしかったよ。でも、××くんだけが知っててくれたら、それでいいの。私がかわいくなった姿は、××くんだけに見てもらいたいの。だから、私の前髪は相変わらず伸ばしっぱなしで、「髪、切らないの?」って声をかけてくれるの、本当は待っているんだよ。
 えへ。ちょっと、童貞くさいかな。好きな人に声をかけてもらいたいなんて。でもでも、ちょっと童貞っぽい方が、かわいらしいよね、多分。
 それより、××くんって童貞かな? 童貞だといいなぁ。誰とも経験してなくて、それで、××くんと二人で初めて体験したいよ。ぎこちなく、お互いの身体を触り合って、それでそれで、大きくなったあれとか撫でてみて、でも、それは私に付いていたりして、何にも知らない××くんは、初めての痛みに気絶しちゃう。足の間が血で汚れているのを見て、泣きそうな顔になるの、眺めていたい。
 あーあ、世界が私と××くんの二人だけにならないかなぁ。
 早く、××くんを妊娠させちゃいたいなぁ。
 そしたら、私と××くんがアダムとイブなのに。

2.

 昼休み、荷物を持って、教室を出ていく〇瀬を見て、出来心が芽生えた。
 〇瀬のことは前々から気付いていた。俺と××の周りをうろちょろしていて、どうも××の方に気があるらしかった。無駄に伸ばした前髪で顔を隠していて、猫背なのと相まって、かなり不気味な見た目をしている。時折、思い出したように唇を歪ませて、笑いだすことがあり、不気味さに拍車をかけている。というか、あれだけ目立つのが周りにいて、気付いていない××の方が怖い気もする。いや、気付いた上で無視しているなら、それもそれで度胸がヤバいというか……。
 けど、気になるのは確かな訳で、俺は〇瀬の後を付けていくことにしたのだった。
 〇瀬はカタツムリの殻のような荷物を背負い、階段へ上っていく。校舎の中は、人もまばらだ。昼休みに入ったばかりだから、まだ昼ご飯を食べている最中なのだろう。
 結局、〇瀬は誰ともすれ違わずに、最上階の空き教室に辿り着いた。その教室は、半ば荷物置きにされていて、この高校がマンモス校だった頃の名残を残すとともに、今の寂れ具合を表している。当然、誰も使わないので、中は埃っぽく、整理のされていない段ボールの隙間は、何かを隠すにはうってつけだ。
 〇瀬は躊躇せず、中へ入っていった。周りを確認しない辺り、かなり焦っているらしい。
 俺もあとへ続こうかと思ったが、一まず、〇瀬が中で何をするつもりなのか、見届けることにした。
「××くん、もう少しだからねぇ」
 荷物をバラし始めた〇瀬は小さく呟いて、鼻歌混じりに作業を続けた。〇瀬がカバンの中から取り出すのは、生々しい拘束器具ばかりで、××の名前が出たことを考えると、俺は踏み込まずにはいられなかった。
「〇瀬、何してんの?」
 飛び上がった〇瀬は後ろの机にぶつかり、上に乗っていた椅子が大きな音を立てた。
「……」
「〇瀬、それで何するつもり?」
 彼女の足元に転がっている黒ずんだ器具を指差すと、〇瀬はそれらをかき集め、身体全体で覆い被さって隠した。
「聞いてるんだよ。何する気なんだって」
「……別に」
「××のことだろ?」
 ダンゴムシのように丸まった姿勢のまま、〇瀬は俺の方を睨んだ。長い前髪の間からは、鋭い眼光が飛ぶ。
「言えよ」
「……」
「〇瀬、××と仲良くなりたいのか?」
 相変わらず、〇瀬は黙ったままだ。
「お前さ、――」
「――い、いいこと教えてあげようか?」
「は?」
「このこと誰にも言わないなら、教えてあげる」
 ××くんのこと。
「何だよ」
「約束してくれる?」
「早く言えって」
「してくれる?」
「するから!」

 ××は画面の中でスカートを履いていた。あいつの白い太ももを見て、自分の中の何かがバグを起こすのが分かった。チリチリと漏れる電気の花火が、神経を溶かし、ただれさせていく。
 俺は、××の面影を、マスクをしたあの子の姿に見つけようと、画面に向かって乗り出した。
 荒い画質の嵐の中では、画面に写るものよりも、自分の想像が勝ってしまう。
 そこに映し出されるのは、××の姿ではなく、俺の理想なのだった。

3.

 ネット配信で、金が入った瞬間、訳分かんない快感が走って、足が震えた。
 正直、声を作るのも忘れて、男声で叫んだのはいい思い出。それまでは、援助交際とかパパ活とか、見も知らない男に股開いたりする奴のこと、見下してたけど、これで分かった。まじで気持ちいい。というか何がいいって、自分に値段を付けられた瞬間の、ものとして扱われてるって感覚は、絶対に他じゃ味わえない。いや、どっかで経験はできるかもだけど、それって大抵、ゴミクズみたいに扱われえる感じで、ネガティブ。
 けど、俺に価値があるって、俺に銭投げる奴がいるってのは、本気で承認欲求、満たされる。コメントで、かわいいかわいい言ってくる奴は山ほどいるけど、それとこれとじゃ次元が違う。
 だって、コメは無償だけど、金は有償だし、限られたリソースが俺に注がれてるって実感は、同世代の愛されたいばっかの、頭の軽い女子高生相手にするより、よっぽど愛じゃん?
 勿論、現実で相手にされないキモイおっさん、搾り取ってるっていう暗い感じもある。
 訳の分かってないおっさんが、俺の太ももを見て、鼻息荒くしてるのなんか、想像するだけで嫌な気分になるけど、でも、腹の底の方で疼くものがある。
 まあ、極論言っちゃうと、好意を向けられてるって言うことに、俺は興奮してるのかも。いや当然、ブスに告白されてもうれしくないけど、遠く離れた所で、俺のこと知らない誰かが、ちょっといいなと思って、銭を投げるくらいなら、充分受け止められる訳だ。
 つまり、何が言いたいかっていうと、こんな綺麗な身体で産んでくれた母親にホント感謝。あと十年もすれば、俺もおっさんになるんだから、今の内に楽しんでおかなきゃ、損だよな。
 けど、現実以外が充実すると、こっち側の世界が退屈になるのも道理で、高校に通うなんてのが、馬鹿らしくなってくる。うだつの上がらない教師の話を聞いて、それが終われば、脳みそ足りてない奴らに、ぺこぺこ頭を下げるだけのアルバイト。一方でネットに行けば、ちやほやされちゃうんだから、頭狂いそう。現実の方で、配信の時のムーブ出ちゃいそうになって、急に我に返る瞬間あるし、そんなこと生身の俺がやってもキモいだけだからねっていう。
 で、最近ちょっと気付いたのが、俺もしかしてストーカーされてる?
 〇瀬っていう、同じクラスの女子がいるんだけど、すっげぇ視線感じるし、気付くと近くにいるし、結構やばいんじゃない? 下手すると、配信してるのバレたかもしれないし、絶賛警戒中。
 とか考えてたら、放課後、Aに呼び出された空き教室で、
「○○って生配信主、お前だろ?」
 と言われた。
 は? と理解するより早く口が動いて、頭は一瞬で、Aを殺す所まで考えた。
 Aはそんな俺の表情を見てか、すぐに否定に入る。
「いや、ちょっと待てよ。別に誰かに言いふらしたりはしないから! たださ、確認しときたかったんだよ。俺だって、お前の配信、覗いてるような奴だぜ? それなのに、××のこと追いつめるようなこと、すると思うか?」
 Aの言い分を咀嚼しつつ、頭の中心では、当然とも思える疑問がぐるぐる回る。
「なら、どうして俺にそんなこと言うんだよ」
 消沈したAは俯きつつ、言葉を漏らした。
「……確かめずにはいられなかったんだ。お前が本当にあの子なのか」
 もう一度、顔を上げ、俺を見るAの目は、妖しい光にぎらついた。
「だって、そんなのめちゃくちゃ興奮するだろ? 俺の友だちがネットであんな配信してるなんて、想像しただけでヤバイって! ホント、お前って最高だよ。初めて、あの配信見つけた時、俺がどんだけ……」
 おれは、その様子にヤバいものを感じ、少しずつ後ずさりした。どうにか教室から出ようと、扉の方へゆっくりと。
「なあ、××」
 心臓が一つ、鳴った。
「安心しろよ。現実のお前には興味ないから。俺は画面越しのあの子がいいんであって、お前をどうこうしようとかはないからさ。ただ、配信だけはやめないでくれよな」
 は? おかしいだろ? と思った。こいつ、何言ってるんだ? 俺は最悪手でしてやるくらいまで考えたのにって、ふざけんな。絶対してやらない。俺はそういうんじゃない!
 ただ、俺は褒められたのがうれしくて、ちょっと混乱しただけなんだ。いつもの俺がそう思ったわけじゃない。配信の時の俺が、少し褒められたくらいで調子に乗って、Aにいい思いさせてやってもいいかなって考えただけだ。
 俺が心の中に乙女を住まわせているのは、馬鹿な男を釣るためじゃないんだ!

 気付けば、Aは空き教室からいなくなっていた。代わりに、俺の目の前には〇瀬が立っていて、俺の手足は、手錠に繋がれている。
「……」
 無言のまま、俺を見下ろす〇瀬は三日月の形に口を歪ませて、独りよがりな笑みを浮かべていた。その笑顔は、到底人に魅せられるようなものじゃない。
「××くん、やっとだね」
 そう言って、〇瀬はスカートをたくし上げた。
 逆光の中、それは黒く塗りつぶされて見えた。

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