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「たくさん書きなさい」 〜4月1日桜の下で〜

うららかなお花見日和。列島のあちこちから、桜満開の便りが届く。
伊豆の雑木林は、柔らかい若葉の色に衣替え。ところどころに淡いピンク色の桜が彩りを添える。

コロナ禍で行われずにいた、桜の下での親睦会。
春の日差しに誘われて出かけた。
今日一番お会いしたかった人は、私の父ほどのお年のKさんだ。

Kさんは、歩き旅の記録や親しい人々を題材にしたエッセイを出版されている。
私にとって一番身近な『物書き』さんなのだ。
ちゃっかりとお隣の席に座ってお酒を飲みながら、書くことのあれこれを質問する。
「僕が初めて本格的に書いたのは、会社の社史ですよ」
長く勤めていらした会社を退かれる前の1年ほど、毎日毎日社史を書いた。
それをきっかけに、自分の本を作りたいと思うようになった、と。
一人で歩いて回った四国の巡礼の旅を皮切りに、静岡から新潟まで塩を運んだ道を辿る旅、東京から京都まで中山道を辿る旅の記録を上梓された。

「書いたものは、できるだけ削るんですよ」
そこを知りたいんです、どうやって?
「重複しているところや、長すぎる文章。形容詞もね」
わかってるけど、難しいよ。
「もったいないよね、一生懸命書いたんだから」
そうです、だから削れません。
「でもね、短くして読みやすいようにするんですよ」
うーん……。
「でもね、心は残してね」
わかったような、わからないような。
「それからね、恥ずかしがっちゃダメですよ。僕が本を出す時、友人の編集者に言われたの。『本を出すってことは、銀座を裸で歩くようなものだよ』って」
カッコつけて書いていては、思うことは伝わらない。
共感も感動も得られない。

Kさんは、笑っている。
「たくさん書きなさい。楽しむのが大事だよ。楽しくなかったら続かないでしょう?」
励ましていただいた、と思うことにしよう。
Kさんは、私が書いているものをご存知ない。
いつか、いっぱい削って、もっともっと読みやすいものになったら、見ていただこう。
胸を張って、とは言えないけれど、頑張ったんですって言って。

春の風がさわさわと吹いて、花びらを巻き上げた。
ビールの泡の上に、ひらりと一枚。
花吹雪の下で、人生の大先輩たちが笑っている。
今日はいい日だ。

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