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月と陽のあいだに 204

流転の章

岳俊(3)

 一人であれこれ考えていると気が滅入る。そんな白玲を心配したアルシーが、城下で耳よりな話を仕入れてきた。
 輝陽国から旅芸人の一座がやってきて、歌や踊りを披露して人気を博している。特に笛の奏者は素晴らしく、一度聞いて意味る価値があるというのだ。
 旅芸人が険しい暗紫山脈を越えて、月蛾国までやってくるのは珍しい。白玲は、もう何年も聴いていない故郷の歌を懐かしく思い出した。
「アラムの宴に、奥方の故郷の音曲を余興にするのも面白い」
 ネイサンの一言で、試しにその演奏を聴いてみることになった。

 旅芸人の一座は、ネイサンの招きに二つ返事でやってきた。
 三弦や笛などの鳴り物に男女の踊り手が加わる芸は、貴州府あたりのものだろうか。かつて輝陽国で暮らしていた白玲とアルシー、ニナにとっては懐かしく、輝陽国を知らない人々には珍しい芸の数々だった。
 これなら宴の余興になるとネイサンも納得し、一座はアラムの宴にやってくることになった。

「あの笛の楽士の腕は一流です。ぜひ陛下にもお聞かせしたいわ」

 白玲は、今一度笛を聴きたいとネイサンにねだって、楽士を音楽室に呼び寄せた。
「どうぞ顔をおあげなさい。急なことだけれど、私と一曲合奏してくださらない?」
 侍女に案内されてやってきた楽士は、一礼すると横笛を構えた。白玲は愛用の蒔絵の筝の前に座り、弦の調子を整えると、何の前置きもなく弾き始めた。
 前奏のような数小節の後、筝の旋律を追いかけるように笛の音が重なった。
 清らかでありながら輝かしいこの曲は、貴州府陽神殿の新年の神事で奏でられる寿ぎの曲。これが演奏できるのは、大神殿の神官と決まっている。
 二人は時折目を合わせて曲調を整えながら、流れるように演奏を終えた。

「旧友に出会ったようだな」
 演奏に耳を傾けていたネイサンが、白玲に言った。
「ええ、四年ぶりになるかしら。本当に懐かしいわね、岳俊」

 楽士は笛を拭うと、笑顔で二人に礼をした。
「気づいていただけて良かったです。黒髪とお顔立ちで、すぐに白玲殿下だと分かりましたが、あんまり綺麗になっていらしたので、ちょっと人違いかと思ってしまいました」
 四年も経つとお世辞も上手になるのね、と白玲が笑った。

「あなたが来たということは、蒼海殿下からの頼み事かしら。面倒な前置きは無しにして、お話を伺いましょう。私一人で手に余ることも、旦那様がいらっしゃれば大丈夫だから」

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