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月と陽のあいだに 178

波濤の章

演習船(4)

 演習船が次に入港したのは、バンダル領の港だった。
 そこは水晶島から最も近く、東の海流から抜け出た船が、まずたどり着く港だった。氷海沿岸では比較的大きな港町で、市場や宿屋、両替商はもちろん、妓楼や遊郭、賭場もあった。

 演習船の船員も上陸を許され、各々繁華街へと散っていった。久しぶりのおかだったから、少々ハメを外しても揉め事を起こさない限り黙認された。だが賭け事だけは厳禁で、賭場に出入りしたことがわかれば、きつい懲戒を受けた。

 この日上陸した船員の一人が、こっそり賭場へ向かった。船員は、大きな体を丸めるようにかがめると、賭場の入り口でチラリと辺りを見回して、扉の中へ消えていった。
 タバコの煙でかすんだ部屋の真ん中にはむしろが敷かれ、白い布に覆われた台が置かれている。台を囲んだ男たちは、片肌脱いでさいを振る男の手元を、固唾を飲んで見つめている。チリチリと音がして、さいの入ったツボが台に伏せられると、男たちから賭けの声が次々に上がった。
 船員は、台を囲む男たちに混じって、わずかな金額を賭けた。船員は賭け事で身を持ち崩し、知り合いの伝手を頼ってようやく今の船に乗ることが決まった。その時、二度と賭場にはいかないと誓わされた。けれども、カナンガンから遠く離れたこの町なら、知った顔に会うこともない。
「ほんの少し楽しむだけだ」
そう自分自身に言い訳した。
 この夜、船員は三度ほど賭けて、大した勝ちもないまま賭場を後にした。
 この調子なら、持ち金を失うことなく賭け事を楽しめると、少し気持ちが楽になった。

 演習船の今回の航海の目的の一つは、新しい港の建設地の調査だった。そのため、白玲の他にも土木や農業の専門技官が乗船していた。彼らは、沖合からめぼしい入江を見つけると、舷側から小舟を下ろして入江に向かった。
 波に揺れる小舟に乗り移るには、跳ばなければならない。白玲は、初めのうち足がすくんで動けなかった。いつまでも梯子にしがみついている白玲を、見かねたトーランが抱きかかえて小舟に跳び移ったこともある。それでも何度か繰り返すうちに、白玲もすっかり慣れて、しまいには一人で跳びうつることができるようになった。

 視察は順調に進み、あと二日でカナンガンへ戻るという日、船は最後の寄港地に停泊した。留守番の船員を残して上陸した者たちは、家族への土産を求めて市場へ向かったり、評判の食事処へ向かったりした。例の賭け事好きの船員は、最後に楽しもうと、こっそり賭場へ向かった。

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