見出し画像

月と陽のあいだに 222

落葉の章

ハクシン(3)

「近衛士官で『目と耳』でもあるアンジュを使ってオラフに情報を与え、そなたを害するように仕向けたのはハクシンだ。直接手を下さずとも、ネイサンと姫宮、それにトーランの命を奪ったことは看過できぬ。ハクシンには相応の罰を与える」
 皇帝の声に迷いはない。白玲は改めて姿勢を正し、皇帝に拝礼した。
「此度の夫の死については、私にも責任がございます。私一人でオラフの凶行を止められるという思い上がりが、夫の命を奪ったのです。夫はこの先もこの国を支えるはずの人でした。ハクシンを罰するなら、私にも罰をお与えください」

「それは違う」
 いつの間にか、皇帝は白玲の隣に歩み寄っていた。
「ネイサンは、余のかけがえのない忠臣であった。その穴を埋めるのは容易ではない。
 白玲、そなたがなすべきは、ネイサンの志を継ぐことだ。その重さに耐え、最善を尽くすのが、そなたの贖罪であろう?」
 白玲は言葉もなく、ただ頷いた。震えるその背を軽く叩くと、皇帝は書斎を後にした。

 数日後、ハクシンの審問のために、皇室会議が開かれた。
 着座した皇帝の左右には、皇太子と第二皇子のカナルハイが並び、広間を囲むように皇家の長老たち、宰相と官房長らが控えている。後方の席には、白玲とナダル、侍従長と女官長が座った。白玲には大巫女シノンが付き添っている。
 広間の中央の玉座の正面には、審問を受けるハクシンと護衛のアンジュが引き据えられた。

 ハクシンは、淡い鳶色の髪を緩やかに束ねて水色の衣の肩に流し、当惑した面持ちで居並ぶ人々を見回している。近衛士官のアンジュは、今日は護衛ではなく、ハクシンとの関係を問われる立場で、ハクシンの後に真っ直ぐに前を向いて立っていた。

 議長役の長老が、審問の開始を告げた。
「まずアンジュに問う。
 そなたは情報屋サージを使って、白玲殿下に恨みを持つオラフ・バンダルに情報と逃走資金を与えた。そして会試会場での放火事件と、医学院での襲撃に手を貸したことに相違ないか」
 アンジュは、真っ直ぐ前を向いたまま「相違ありません」と答えた。
「白玲殿下の氷海視察にあたっては、サージを使って演習船の船員を買収し、殿下の暗殺を企てた。その結果、護衛のトーランを殉職させたことも相違ないか」
「相違ありません」
 答えたアンジュは、わずかに目を伏せた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?