月と陽のあいだに 221
落葉の章
ハクシン(2)
医学院での襲撃事件の後、皇帝は『目と耳』を使って、逃げたオラフの仲間を追った。皇帝の『目と耳』は、それぞれ市中に子飼いの間者がいる。それぞれがどんな間者を使っているかは、必要以上には伝えない。
それが、今回は勝手が違った。オラフの供述をもとに、『サージ』の人相風体や立ち回りそうな場所を皆に知らせ、サージの捕縛を急いだ。しかし、どこを探してもサージはいない。まるで『目と耳』の動きを知っているかのように、あと一歩のところで取り逃してしまう。内通者がいる……。誰もが疑心暗鬼になった。
『目と耳』の内通者を炙り出すため、近衛将軍は皇帝に一つの策を願い出た。
禁軍ユイルハイ部隊に移籍していたナダルに、皇帝の密命が降ったのは、そんな折だった。
ユイルハイ部隊は、首都とその周辺の治安全般を統括している。医学院の事件も、表向き捜査をしているのは、近衛でなく禁軍だ。近衛の『目と耳』とは別に、秘密裏にサージを追うことができる。
ナダルは、かつて『目と耳』として働いた経験から、ユイルハイ部隊の情報網を使って、サージの足取りを丹念に追っていった。そして、サージの雇い主が『目と耳』の一人であり、仲介役のサージを通じて、オラフに情報と資金を流していた証拠を掴んだ。
ナダルの報告と同じ頃、内廷の侍従長から別の報告が上がった。
下働きの下女や従僕の間で、ハクシンと護衛が道ならぬ関係にあるらしいという噂が広がっているというのだ。そして皇太子府に送り込んだ従者から、二人の関係が明らかになった。
皇太子府の一角にあるハクシンの宮には、病弱なハクシンに配慮して、ごく限られた古くからの従者だけが仕えていた。だから宮の中での出来事は、他の宮以上に外に漏れにくかった。だが、掃除や洗濯など、生活の維持に関わる下女たちは別だ。どのように隠したところで、彼女たちはハクシンの宮の中で、男女の営みが行われていることに気づいてしまった。ただ罰を恐れて口にしなかっただけだった。
それでも噂はどこからか漏れた。そしてとうとう侍従長や女官長の耳にまで入ってしまった。
「アンジュは身持ちの堅い男だった。妻子を愛し、近衛の中でも信頼が厚い。ハクシンの色香に迷うまいと思ったからこそ、護衛につけたのだ」
皇帝は眉間に深い皺を寄せた。
白玲襲撃の黒幕がハクシンだった。人形のようにあどけないハクシンの笑顔が目に浮かんだ。
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