見出し画像

月と陽のあいだに 202

流転の章

岳俊(1)

 白玲懐妊の知らせは、久しぶりに宮廷を明るくした。
 皇帝はことのほか喜び、十分な準備を整えるように女官長に命じると、月神殿に安産祈願の使者を送った。大巫女のシノンからは、特別に祈祷した祝いの腹帯が贈られた。

 しかしこの知らせを快く思わない人々もいた。その筆頭が皇太子家だった。
 結婚前に臣下の礼をとったにもかかわらず、今でも皇太子よりネイサンの方が皇位に相応しいと考える人々は多い。しかも白玲は現皇帝の直系の孫娘。その二人に皇子が生まれれば、皇家の血を最も濃く受け継ぐものとなる。
 白玲の世代では唯一の皇子である皇太子家のシュバルは、二十代半ば。しかし、視察と言っては皇城に留まらず婚約すらしていない。
 これを機に、皇帝が後継者を指名し直すのではないかという噂が、まことしやかに流れた。
 皇太子に近い人々、特に側妃の実家であるナーリハイ家は、この知らせを苦々しく受け取った。

 懐妊の報告の後、白玲は皇帝の御座所の仕事から退くことになった。
 つわりのせいで十分な食事ができなくなり、たびたび吐き気に襲われる。大事をとって出産まで休養するようにとの皇帝の命だった。

 思いがけない休暇に、白玲は時間を持て余した。
 最初こそ疲れてすぐに横になっていたが、安定期に入ると食欲が出て、体力も戻ってきた。医師に運動を勧められて広い庭園を散歩したり、今まで手がけてきた政策の見直しをしても、一日は容易に終わらない。
 気分が良い時には、月神殿の図書館へも出かけた。久しぶりに会ったハクシンは、白玲のお腹を見つめて「叔父様と白玲の子だと思うと末恐ろしい」などと失礼なことを言う。それでも気が紛れるので、白玲は図書館行きを楽しみにしていた。

 余った時間で、白玲はよく考え事をするようになった。
 ネイサンは我が子の誕生を心待ちにして、産着やおもちゃを次々に取り寄せては、目尻を下げている。皇女が生まれたら「嫁にやらない」とか言いそうだ。こんな日が来るなんて、陽神殿に仕えていた頃の白玲には、想像もできないことだった。我が子を抱く未来など、あり得ないと思っていたのだから。

 けれども考えるのは楽しいことばかりではなかった。身に降りかかる危険のことを思うと、頭が痛かった。
 ネイサンが皇籍に戻ってから、二人を邪魔に思う者は両手の指でも足りないほどいるに違いない。
 だが白玲の一番の心配は、オラフ・バンダルだった。


〜〜〜〜〜    〜〜〜〜〜    〜〜〜〜〜   〜〜〜〜〜

長らく留守にしていましたが、白玲を再開します。
これからも暖かく見守っていただければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?