Pricingという沼 〜プロダクトの提供価値に値段をつけるには〜
本記事はプロダクトマネージャー Advent Calendar2024の1日目の記事であり、pmconf2024のプロポーザルで落選したテーマ(をサマって)の供養、第一弾になります。(あと2つある)
※供養していいよと口頭で許可は得ました。
京セラ創業者・稲盛和夫さんいわく「値決めは経営である」と言われるように、プロダクトやサービスの価格設定は、企業戦略や収益性を左右する重要な要素です。
ところが、多くの場合でプロダクトマネージャーがPricingに関わることはないのではないかと思います。
既に提供開始していて値段が決まっていたり、BizDevやPMMが担当していたり…などなど。
本記事では、Cost基準、Market基準、Value基準という三つの主要な価格設定アプローチについて、それぞれの特徴やメリット・デメリットを踏まえて紹介します。
さらに、これらを効果的に組み合わせて最適な価格設定戦略をどう考えるかについても触れていきたいと思います。
Cost基準
Cost基準とは何か
Cost基準はその名の通り製品やサービスの提供にかかる費用(Cost)に基づいて価格を決定する方法です。基本的には原価に利益率を上乗せして価格を設定します。
Pricingに必要な要素
開発コスト
製品やサービスを作るために必要なコストです。
原材料費、設計費、外注費、開発に関わった人件費などが含まれるでしょう。運用コスト
その製品やサービスの提供を維持するために必要なコストです。
サポート費用、メンテナンス費用、マーケティング費用、物流費用などがこれにあたります。利益率の設定
これらのコストに対してどの程度の利益を上乗せするかを決める必要があります。例えば、100円のコストに対して20%の利益率を設定する場合、価格は120円となります。
メリット
計算がシンプルで労力がかからない。
コストに基づくため、利益確保の見通しが立てやすい。
顧客に価格設定の根拠を説明しやすい。
デメリット
市場の動向や顧客のニーズの考慮が弱いため、価格競争力を欠く場合がある。
コスト算出が不正確だと利益が確保できない場合がある。
(特に新規市場や革新的な製品では)顧客の感じる価値と価格が合わない場合がある。
になります。
Cost基準はそのシンプルさから多くの場面で利用しやすく、Pricingについて考えるときに最初に考えることも多いと思いますが、一方で単体で扱うにはいくつかの欠点があります。
Cost基準の大きな欠点
効率性とコスト抑制の阻害
コスト見積もりの精度が低いと、そこに利益率を乗せるため利益が減少してしまいます。
一方でコストに利益率を乗せることからコストを多めに見積もると価格が上がり利益が増える、という構造のため安直にやってしまって価格競争力が低下したりコスト削減の動機づけが弱まることが起こります。誤解によるリスク
かかるコストを確実にカバーできるという誤った安心感を生み、売上予測や原価の不確実性から、価格設定が不適切になり大きな損失(逆ザヤ)に繋がる可能性があります。顧客価値や競合状況の無視
顧客のウォレットサイズや競合他社の価格を考慮しないと市場環境に適さない価格設定になりやすいといえます。結果として、高すぎたり低すぎたりして本来得られたはずの利益を逃してしまうリスクが生じます。
というわけで、デメリットや大きな欠点があるCost基準のPricingですが、それでも使われている理由はひとえに顧客に対して公平で根拠を明確に伝えたり正当化したりできる価格設定方法だからにほかなりません。
Cost基準のPricingは状況に応じて他の基準と併用することで、より競争力のある価格設定が可能になります。この方法を使う際には自社の利益を守るだけでなく、顧客や市場の動向を適切に補うことが重要になるでしょう。
Market基準
Market基準とは何か
Market基準は、市場での競合製品の価格やトレンドに基づいて価格を決定する方法です。競合分析や業界標準を参考にするのが特徴です。
PMMの方々は必ずこのMarket基準でのPricingを考えているのではないかと勝手に思っています。
Pricingに必要な要素
市場調査
競合他社の価格設定や市場全体の価格動向を分析する必要があります。
特に以下の点は留意する必要があるでしょう。
直接競合:類似製品やサービスを提供する企業の価格。
間接競合:異なる方法で同じ顧客ニーズを満たしている企業の価格。
間接競合について少し例を挙げるとTVとスマホゲームのように全く違う分野にも関わらず「家の中での娯楽・暇つぶし」という観点では競合していることになります。こういった競合のことをイメージしてもらえればいいかと思います。顧客の価格感度
価格感度とは顧客が価格に対してにどの程度敏感であるかを示したものになります。価格弾力性:価格を上げた際の需要変動の度合いになります。
弾力性が高い(値が大きい):価格が少し上がるだけで需要が大きく減少する。娯楽品に多いものがこちら。
弾力性が低い(値が小さい):価格が上がっても需要があまり減少しない。必要性が高いものはこちら。
参考:みんな大好きGlobisさんの解説はこちら許容可能価格帯:その商品が市場で受け入れられる価格帯、ということになります。
Price Sensitivity Meter(価格感度メーター)分析で扱われる要素で他にも以下の4つと組み合わせて利用されています。
上限価格:顧客が買おうと思う上限価格(これ以上高いと買わない)
妥協価格:顧客が納得して買うことができる上限価格(妥当と思う価格の上限)
理想価格:顧客がこの値段なら抵抗なく買うことができると感じる理想的な価格
下限価格:顧客がこれより安いと品質を疑ってしまう(安かろう悪かろうと思われてしまう)下限の価格
顧客の価格感度についての注意点としては顧客セグメントごとに価格感度が異なることです。
例えばBtoB製品で考えてみると中小企業と大企業という大きな括り方だけでなく、先進的な取り組みをしている企業とレガシー産業中心で頑張ってきた企業、利益率の高い企業と低い企業などで価格感度が全くことなってくるでしょう。
メリット
競争優位性の維持: 他社の価格に合わせることで、市場における価格競争に参加しつつ、過剰な価格差を避けた価格競争力を維持できる。
迅速な価格設定: 競合他社の価格や市場の動向を参考にするので、価格設定が比較的短期間で決定できる。
デメリット
顧客価値の無視: 市場価格基準だけでは、顧客が感じる価値や支払意欲が考慮されないことが多く、利益を最大化できない可能性がある。
価格競争のリスク: 他社の価格を基にした設定だけでは差別化が難しく、価格競争に巻き込まれて利益率が低下する危険性がある。
Market基準での価格設定には、競合や市場環境を中心にした情報収集と分析が不可欠です。また、これらの情報を踏まえたうえで、自社のコストや顧客ニーズを考慮し、安直にコストメリットを出して安く値段を抑えるのではなく、戦略的な価格設定を行うことが成功の鍵になるでしょう。
Value基準
コストや競合価格ではなく顧客が感じる価値そのものに基づいて価格設定するという、PM/PdMにとってある意味理想的と思えそうな方法です。
が、そんな都合のいい話はないもので、実際にはとても難しい方法になります。
ただ、このアプローチによって価格が高くても顧客にとって十分な価値を提供できれば利益を最大化することが可能となりますし、革新的な製品を作った場合にはこのPricing方法が最も適しているでしょう。
Pricingに必要な要素
顧客が持っている価値認識の理解
顧客が感じる価値を把握することが最も重要です。顧客のニーズや期待に基づき、どの程度の金額であれば受け入れられるかを理解します。
Market基準との違いは市場価格をベースにするのではなく顧客が感じている価値(≒顧客満足度)が基準になるということでしょう。提供価値の差別化
自社が提供する製品やサービスの独自性を強調し、競合製品とはどこが違うのか、差別化要素を明確にします。
Value基準の価格設定は、顧客の価値認識を中心に据えたアプローチになります。そのため、顧客のニーズを深く理解し競合との差別化を図ることが重要で、いわゆる顧客解像度を徹底的に高める必要があると言えるでしょう。
メリット
顧客満足度の向上: 顧客が認識する価値を基にした価格設定は、顧客満足度を高め、リピーターを得やすい。価値を重視することで、長期的な顧客関係を構築できる。
利益の最大化: 顧客が支払う意欲を反映させることで、適正価格を設定でき、利益を最大化することが可能です。特に高価格帯での販売が有利になる場合がある。
デメリット
顧客価値の把握の難しさ: 顧客がどの部分に対しどのように価値を感じているかを正確に把握するのはとても難しいです。詳細な市場調査や顧客分析、課題理解…etc このプロセスは時間とコストがかかることは想像に難くないでしょう。
価格設定の誤りに対するリスク: 顧客価値の認識を誤ると、価格が過剰に高く設定されて売れなかったり、逆に低すぎて利益が全く得られなかったりする可能性が高まります。このリスクをどのように最小化するか?ということも重要な論点になるでしょう。
ユニークで価値の高い製品、あるいはこれまで誰も目にしたことが無いような革新的な製品においてはValue基準の価格設定は最適と言えます。一方でいわゆるコモディティ化された製品については、価値に基づく価格設定を使用するには不向きとなります。(その場合はMarket基準が良いでしょう)
重要なポイント
顧客の価値感を深く理解することが重要: 顧客がどのような価値を求め、どの程度支払う意欲があるかを明確に理解することが、Value基準の価格設定の成功に不可欠です。このためには、顧客インタビューやフィードバック、詳細な市場調査が有効です。
競争優位性の確保: 競合他社との差別化を図り、価値を強調することで、他社よりも高い価格設定でも受け入れられる可能性があります。顧客にとっての独自の価値を提供し、競争力を高めることが成功の鍵となります。
まとめ 〜最適なPricingを求めて〜
Cost基準、Market基準、Value基準という大きく3つの考え方を粗く記載しました。
どれが一番良いというものではなく、いずれも一長一短あります。
PricingにおけるベストプラクティスはCost基準、Market基準、Value基準の考え方をしっかりと理解したうえで、適切に組み合わせることだと考えます。
Cost基準で基本的な利益確保を図り、Market基準で市場の競争力を維持しつつ、Value基準で顧客の価値認識に基づいた価格を設定する。
これにより競争力を持ったまま利益最大化が実現可能となり、長期的に持続可能な製品・サービスを世に送り出すことができるでしょう。
「値決めは経営である」と言われるように考慮すべきこと、考えるべきことは非常に多く難しいうえに、正解はなく最後は強い意思で決めることが大事だと考えます。
もしPricingに関わることがあれば本記事を少しでも参考にしてもらえれば幸いです。