涙雨
たぶん。
雨は、人の感情とつながっている。
悲しいとき、雨を降らせることができる。
あれは、もう15年以上前のことだったかな。
親戚のおばさんが、60歳という若さでなくなった。
おばさんの通夜に行かなければならない。
ぼくは、当時、狂ったように仕事をしていた。
同僚に、仕事を引き継いでもらい、行くことにした。
通夜では、親戚の兄弟も来ていた。
あまり言葉を交わすことはなかったが、みんな大人になったなと感じた。
子どものときに、一緒に、遊んだくらいか。
10年以上も経てば、姿は変わるもんなんだなと思った。
通夜。
お経が始まり、涙をすする声を聞きながら、ぼくは、生前おばさんとの会話を思い出してた。
いつでも、明るく、社交的で、シャイなぼくを見ると、かけよって声をかけてくれたな。
ぼくは、いつも照れ臭そうにしているだけだった。
そんな、おばさんの突然の死。
死因は、がんだったらしい。
急に、体に激痛が走り、そのまま入院して、しばらくして、息を引き取ったらしい。
悲しむ間もなく、亡くなってしまった。
その話を聞いて、ぼくは、急に、怖くなってしまった。
通夜が終わり、棺桶から顔が見ることができる小さな扉が開かれた。
最後のお別れを言うことができるらしい。
親戚のおじさんやおばさんが、棺桶の前で、別れを言いながら泣いている。
ぼくは、亡くなったおばさんの顔を見ることができなかった。
怖くて、とても、足を前に進めることができなかった。
ぼくは、仕事があるからと言って、両親とともに、そのまま、タクシーに乗り込んだ。
タクシーが走り出したとき、不思議なことが起こった。
突然、夕立のように、雨が降ってきたのである。
そのタクシー目がけて、集中豪雨かのような強烈な雨だった。
ぼくは、この雨が降った理由を知っていたのかもしれない。
ぼくが、雨を降らしたのかもしれない。
おばさんが、顔を見ないまま、帰ったぼくを見て、泣いているのだろうと。
「お別れを言ってくれないまま帰るの?」と。
「最後に顔を見たい」と。
いま思うと、胸に突き刺さる出来事だった。
ぼくは、弱い人間だ。
ぼくは、猛烈に仕事をすることで、目の前のことから逃げているだけの人間だった。
たぶん。
雨は、人の感情とつながっている。
雨は、人の強がりを流してくれる。
雨は、愛する人が泣いているとき。
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