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リスボンの夢よもう一度(ft.『A Day in Lisbon』)【Sandwiches #81】

 しとしと雨がふってはやんで、浮つくもようの日曜です。昨日は一日中外出していたものですからまあ、今日こそおうちでじっくり作業をと閉じこもっております……といっても、読みさしの本をぺらりめくったり、SNSをのぞいたり、怪獣ソフビと戯れてみたり、たりたり、散漫このうえないこころもち。今さらながらどうにも集中力に欠ける性質と自覚はしておりまして、しかして無為に無為を重ねてばかりじゃいかんことだ。

 昨日宣言した通り「Sandwiches Season 2」はあと数回のうちに終える予定です。これまでの作品を一曲ずつ取り上げた「楽曲紹介」シリーズかて、気づけばのこりたった2曲のとこまできてしもうた! よくもだらだら語ったものやが、とうっすら積もる感慨はともかく、こちら「A Day in Lisbon」を聴いていただきましょう。

 まるで絵本の世界に飛び込んだようなとびきりキュートなMVは、これまでご紹介した「Who You Are」や「Kamakura」ほか、多くのビデオに携わってくださったディレクター・岩永祐一さんと、イラスト/美術/造形ほかさまざまな領域で活動するアーティスト・高木宏昌さんのタッグによって制作されたものです。

 これまでご紹介してきたなかにもアニメーションを駆使したビデオはありましたね。その多くはいくつかのシーンをループして魅せる手法をとっていましたが、今回の「A Day in Lisbon」は全編通してシーンが移り変わってゆく、一度として同じカットの存在しない映像作品となっています。

 しかも、主人公のくん(名前はまだありません)をはじめとして、登場するキャラクターや風景のすべてが手描きの油絵で表現されている。これがどういうことかおわかりですか、どうですか。や、直裁にいってしまえばよ、恐ろしいほどの労力をかけて制作されたということに他ならん。 

 岩永さんの方から「アニメーションでいこうと思うのです」と提案を受けた際には、とくに考えもなく「いいですね、ぜひその方向でお願いします!」と受けたがこりゃ、気軽に依頼していいものやったのか? 完成した絵と映像にがたがたふるえる始末でありました。

 とかく、ここまでの作画作業を一手に引き受けてくださった高木さんには頭が上がりません。貫徹した手抜きのない画面のなかには、イースターエッグとしてこれまでリリースしたmaco maretsのアルバムジャケット他のMVの登場人物などさまざまな要素がさりげなく配置されています(ご存知なかった向きは、ぜひ探してみてくださいね)。誠実さと同時にすてきな遊びごころをもたたえた筆致のうちに再現された「リスボン」(現実の都市と区別する意味で括弧をつけています)の情景は、無二の存在感をもってアルバム『Circles』の世界を彩ってくれた。そう確信しています。

 そもそもどうして、ポルトガルはリスボンまで情景がジャンプしたのやろか、疑問に思われるかもしれませんね。このあたりの意識の移動については同アルバムに収録の「Kamakura」を紹介する際にも触れたので省略したいのやが(どこか遠くの景色をかりて(ft.『Kamakura』)【Sandwiches # 71】)、それまで縁もゆかりもなかったヨーロッパの果てへと実際に赴いた、その経験からは平平凡凡なれ多少の感慨を得ておったわけで、なにかしら曲のかたちで出力してみようという試み自体しぜんな流れだったのです。

 またもうひとつ、ポルトガル旅行とあわせて読了した小説や詩作品たち……アントニオ・タブッキレクイエム』『供述によるとペレイラは……』、フェルナンド・ペソアポルトガルの海』などなど(いずれもリスボンを舞台の中心に置く作品です)、これらから得たイメージも多分に作用したと明かしておきたい。

 どれもがとても面白い作品なのだけれど、とくに『レクイエム』における夢と現実がいりまじったような物語の運びこそが、「A Day in Lisbon」のサビに歌われる「あの丘を登ったとき 夢も現もひとつになる 忘れ去られた熱を見よう A Day in Lisbon」のフレーズを呼び起こしてくれたのではという気がします。

 ちと余談めいた話をすれば、小説『レクイエム』の舞台は7月、うだるような灼熱のリスボンである一方、わたしが訪れたのは1月、まだまだ肌寒い冬のリスボンでした。だからこそ「忘れ去られた熱を見」る・想起するのみの「わたし」として描いたのだ、とそう言えるかもしれぬ。

 現地で感得した実際のリスボンと、かげろうのごとく脳裏に浮かんだ「リスボン」の姿を同時に取り込まんとした結果が「夢も現もひとつにな」った、ゆらぎのなかにある街と、そこを歩くおのれ自身の姿でした。……そうした意味でも、MVにおいて絵画的なアニメでもって再現された夢幻の「リスボン」、そのイメージは、曲にぴったり寄り添ったものだと思うのです。ただ犬くんと違ってわたし、落ち着く先も見えないままね! ちょっぴりさみしいところであります。

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