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マゴムスメ・ライブラリー 11

 初めて家にテレビが来た時のことを、祖母ははっきりと記憶している。
 あの時はまだ20代だったと語る様子は、とても懐かしげだ。
 「力道山を見ようって、パパがテレビを買ったのよ」
 力道山!!

 プロレス試合の中継で力道山さんの闘いを一目見ようと、街頭テレビに群がる人たち。
 「昭和を振り返る」、そんなテーマの特集番組には、必ずといっていいほど出てくる映像だ。
 社会科の資料集のページにも、写真が載っていたっけ。
 学生の時に見たあの白黒写真が目の前の祖母に重なり、動き始める。

 国民に大人気だった力道山さんの試合の映像を、自宅の若い妻にも見せてあげたい。
 そう思った祖父(祖母は「パパ」と呼ぶ)は、当時の最新家電だったテレビを買ったのだ。
 家にやって来たテレビには、幕のようなカバーが掛けられていたという。
 それもたしか、昔の写真の中で見たことがある。
 テレビの前に座れば、緞帳みたいにするすると上がっていきそうなカバーだ。
 見たことのない物語の幕開きに、どきどきしていた祖母だったが。
 
 生まれて初めてのテレビでプロレスの試合を見た祖母は、あまりの迫力に驚いてしまった。
 たとえスポーツでも、レスラーたちが攻撃し合う姿は祖母にとって衝撃的であった。
 「私、気分が悪くなっちゃってね。テレビを見てる間に、倒れちゃった」
 それ以来、祖父はテレビで格闘技の試合を見なくなったそうだ。
 「私は違うお部屋にいるから、どうぞ見て」と祖母は何度も勧めたのだが、祖父はいいよいいよと笑うばかりだった。
 「パパには、とっても悪いことしたわ」
 そう繰り返し、祖母は困ったような微笑みを浮かべる。
 「優しかったのよ、パパ。ほんとに、優しい人だったの」

 

 ただ空白の時間が恐ろしいから、テレビをつける。
 そんな時もあるだろう。
 それでも、私はけっこう、テレビが好きだ。
 その電源を入れると、静かで暗い部屋に笑い声と色彩が溢れるから。
 知らない世界の入り口が出現するから。
 そうして光る画面をぼんやり眺めていると、寝不足を後悔する朝がやってくる。
 テレビの魅力に完敗だ。
 何事も、ほどほどが大切。

 今、祖母のお気に入りのテレビ番組は、お相撲中継だ。
 応援している力士や取り組みについて熱く語る祖母を見て、「今なら案外、プロレスもいけるのでは?」と思う。
 まあ、そうもいかないのだろう。
 乙女が倒れた、凄まじき闘い。
 それが、昭和史には残っていない、しかし我が家の歴史的大事件「力道山伝説」だ。





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