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マゴムスメ・ライブラリー

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94歳の祖母、ばあばのお話です。
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マゴムスメ・ライブラリー 16

 家の近くのケーキ屋さんが好き過ぎて、お店の前を通るたび、ショーウィンドウにはり付きたくなる。  チョコレートケーキやシュークリーム、ちょうど今の時季はお茶のゼリーも人気商品だ。  97歳になる私の祖母の若い頃は、お菓子といえば和菓子が主流だったのだろう。  「いえいえ! ケーキだって、あったわよ」  失礼なことを言ってしまった。  カステラ、クッキー、ショートケーキ。  祖母の子ども時代のお話には、私の想像よりたくさんの洋菓子が登場する。  両親に連れられて、人で溢れるデ

マゴムスメ・ライブラリー 15

 「あれはね、盛岡の南部鉄器よ」  祖母がそのお話をしてくれたのは、私が「最近、どこかの風鈴の音が聞こえるんだよね、夏になったねー」と他愛もなさすぎる世間話を始めたのがきっかけだった。  私が子供の頃によく遊びに行った祖父母の家には、南部鉄器の風鈴があったのだ、と。  そう聞いた瞬間、長い間……おそらく20年以上も忘れていた記憶が、まるで薫香が薫るように立ち上ってきた。  「そういえば昔、ばあばのおうちで見たことがあった。緑がかった、小さな風鈴」  でも、音色は全く思い出せな

マゴムスメ・ライブラリー 14

 加賀野のおじさんを訪ねて真冬の盛岡を訪れたのは、今から2年前のことだった。  列車から降り立つと、街はすっかり白雪に埋もれていた。  さくさくと歩く盛岡の人たちの中で、私だけが大苦戦していた。  雪でも歩けるブーツを履いていたのに、ちっとも前に進まない。    雪道で転んでしまうのは、雪のせいじゃなくて歩き方のせいよ、と祖母はよく言う。  「怖がってつま先から地面につけたり、かかとから踏み込むのもだめ。足の裏全体を、下に押す感じで歩くの」  そう言っていたことを思い出して、

マゴムスメ・ライブラリー 13

 東京公演中や宝塚市に来てくれた時、母は毎日、おにぎりを作ってくれた。  しゃけ、たらこ、じゃこまぶし。  日替わりの具が楽しみで、お稽古の日も公演の日も、わくわくとハンカチ包みを開けた。  宝塚歌劇団の食堂のおにぎりも、美味しかった。  厨房の方達は朝早くからごはんを作り、どんなに忙しくても目と目を合わせて食事を手渡してくれた。  「この食堂のおにぎりが美味しいのは、作っている人たちの優しさが入ってるからだ。絶対にそうだ」と、みんなで真剣に言い合ったことがあるくらいだ。  

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 巡る季節は、いつも美味しい味をもたらした。  夏には、とうもろこし。  雨が過ぎれば豊かな実りが待っていたから、梅雨は嫌いじゃなかった。  そう、私の祖母は語る。  私の雨好きは今に始まったことではなくて、思い返せば中学生の頃から雨雲に見惚れていた。  繰り返し聴く音楽は、気がつくと雨が歌われているものばかりだったし、傘立てには何本ものお気に入りの傘が身を寄せ合っていた。  そんな私でも、くる日もくる日も続く雨にはため息が漏れる。  じっとり水を含んだスカートの裾や、びし

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 初めて家にテレビが来た時のことを、祖母ははっきりと記憶している。  あの時はまだ20代だったと語る様子は、とても懐かしげだ。  「力道山を見ようって、パパがテレビを買ったのよ」  力道山!!  プロレス試合の中継で力道山さんの闘いを一目見ようと、街頭テレビに群がる人たち。  「昭和を振り返る」、そんなテーマの特集番組には、必ずといっていいほど出てくる映像だ。  社会科の資料集のページにも、写真が載っていたっけ。  学生の時に見たあの白黒写真が目の前の祖母に重なり、動き始め

マゴムスメ・ライブラリー 10

 この世界で、私だけが知っていること。  そんなことは殆どないけれど、きっといくつかはあるのだ。  「私以外は、誰も知らないこと。」  そうとは気が付かずに、通り過ぎてしまうこともある。  たとえば、祖母がまだ結婚してすぐの頃。  「うちの木戸のそばにね、あけびが植えてあったの。」  祖母が語り始めると、セピア色の写真が鮮やかに色づく。  それは私がよく見知っていた祖父母の家ではなく、建て替えられる前の家のことだ。  私の記憶の中にあるお家に、祖母が語ってくれる昔の家の面影が

マゴムスメ・ライブラリー 9

 気ままな生活を送っていたら、つい夜更かしが続き、その結果として家族より起床時間が遅れていく。  意識的な二度寝に突入しようと、スマートフォンのアラームをがっつり止めていると、細く開いたドアから重なり合うふたつの音が聞こえてきた。  蛇口から溢れる水が弾む響き。そして、優しい音楽。  お皿洗いをしながら、母が歌を口ずさんでいるのだ。  口ずさむ、というか、結構な本気のパフォーマンス。  お皿洗いのBGMにしては、かなり高音域まで歌い上げている。  いつしかすっかり目が覚めた私

マゴムスメ・ライブラリー 8

 小学生の頃、私はよく新聞記事を切り抜いていた。  学校の授業で教材として使うことが多かったからだ。  興味のある新聞記事を見つけて、自分の感想を書く。  私はその課題が好きで、よく分かりもしない社説なんかを切り抜いては偉そうな意見を書いていた。  授業がなくなるとすぐに新聞から遠のいてしまったのだから、いかに「新聞を読む」ポーズだったかがよく分かる。  そんな私と反対に、祖母は毎日、新聞を読む。  小さな字は読めなくなった、難しい記事はもうわからない。そう言いながらも時間を

マゴムスメ・ライブラリー 7

 人生は編み物のようだ。  一日編んでも二日編んでも、なかなか形にならなくて、本当に何かが出来上がるのかと思う日が続く。  少しでもいい加減に編み進めると、ぽかりと穴が開いてしまったり。  それでも根気強く手を動かし続けたある日、連なる編み目が少しだけ、でも確実に広がっていることに気がつく。  人生は、編み物と似ている。  人生のことも編み物についてもよく知らないくせに、なんとなくかっこいいことを言ってみる。 具体的すぎると、見つからない 3年ほど前、私は祖母に贈るマフラー

マゴムスメ・ライブラリー 6

 一階に住む祖母の部屋には、私専用のお湯呑み茶碗がある。  遊びに行くと、祖母はそれを出してお茶を淹れてくれる。  94歳の祖母の手を煩わせてはいけないと思いつつ、ついつい甘えてしまう。  祖母の部屋に私の湯呑みがあることが嬉しいのだ。  薬缶を火にかけ、祖母はゆっくりとお湯を沸かす。  宝塚の街に一人で住んでいた時、私は電気ケトルを愛用していた。  その方が便利だけど、この頃は薬缶も良いものだと思うようになった。  お湯の味の違いが分かるほど、粋人ではない。  シュンシュン

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 宝塚歌劇団のひとたちは、ハロウィンに仮装をすることがある。  ハロウィンじゃなくても、仮装をすることがある。  皆で集う時は、それぞれ何となく自主的に仮装をしたりしていた。  特別なイベントでも記念日でもないのに。  何故そんなことをしているのか誰も分かっていなかったが、結構楽しかった。  真昼の日ざしのぬくもりが嬉しい、きんと冷えた空気。  私がお部屋へ遊びに行くと、祖母はとても美味しい緑茶を淹れてくれる。  祖母のお茶は熱くて、味も香りもふっくらまるい。  それは母が

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「ばあば、どんな日だったか覚えてる?」 「うん。」 「どこにいたの?」 「疎開先の、山の方の町よ。家族と、そこにいたの。」 「あの放送を聞いた?」 「玉音放送ね。聞いたわよ。」 「ばあばも正座して?」 「そう。皆で顔を見合わせて、ぽろぽろ泣いてね。ほーっとしたのと、くやしいのと。」 「どっちの気持ちの方が大きかった?」 「うーん。どっちもだけど、やっと安心したの。 もう、焼夷弾は落ちてこないんだって。本当にほっとしたの。」 「晩御飯の時に、ばあばは家族みんなとどんなこと話

マゴムスメ・ライブラリー 3

 なるほどね。  もう7月もクライマックスなのですね。  ここ最近は、色々なこと(ほぼ雑用)に夢中だった。  精一杯、全力投球でのんびりと取り組んでいたら、あっという間に10日間くらい過ぎていた。  宝塚歌劇団にいた時、私には曜日の感覚がほぼ無かった。  今日が何曜日である、ということがあまり関係のない職場だったのだ。  そのせいでうっかりゴミ出しを忘れ、口惜しさにリビングをのたうちまわることが常であった。 (宝塚のひとが皆そうなのではなく、だらしのない私に限った日常である