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とべ動物園のサルたち②「ニホンザル」

ニホンザル
Macaca fuscata
Japanese macaque
 騒がしい「なかよし広場」を抜け、ちょっと静かに坂道を登って行くと、「アジアストリート」に出る。ここには、キョン、バク、ラクダなどがいる。ここらあたりは広場もベンチも無く、動物園全体の中で最も静かなエリアになってしまうのだが、夢を食べるバクはのんびり夢を自給自足してるという感じでいい。あとラクダの表情なんかも哲学者っぽくて見ていて飽きない。
 左手に一段上がってサル山が見えてきた。日本でサルといえばこいつらしかいない。ニホンザルの展示スペースだ。丸く掘り下げられたコンクリートのプールの中に15メートルほどの岩山が模されている。回り車や「幸せの鐘」があってサルたちの格好の遊び場といった感じ。サルたちはここでイノシシ、ハクビシンたちと一緒に約30頭が生活している。
 ニホンザルといえば高崎山のサルの研究で知られ、ボスザルを中心とした階級社会があるとされてきた。これに対して近年、自然状態ではそのような階級は存在しないという見方が研究者の中では一般的になってきている。強い個体がエサを独り占めしようとしても、自然状態ではそこらあたり一帯が餌場なわけだから、エサをめぐってそんな激しい争いは必要がないというのだ。ただ、動物園のような餌付けされた環境では、エサの入手手段が限られているため、力の強い個体が「ボス」になってしまうのも当たり前。ここのサル山でも「いちまつ」という「ボス」がいる。解説書などでよく書かれている「グルーミング」「マウンティング」などの行動もしばらく観察していれば見ることができる。
 ニホンザルはオナガザル科オナガザル亜科のサル。しっぽが短いのに尾長ザルというのはどうかと思うが。分類に見かけを持ち込むと混乱してしまう。その短いしっぽから英名ではジャパニーズボブテイルとも呼ばれる。またスノーモンキーという呼ばれ方もあり、これはヒトを除く霊長類の中で最も高緯度まで分布しているためだ。雪の中で元気に走り回るサルなんていうのは世界中探してもこいつらくらいなもので、日本の固有種でもある。長野県の地獄谷で温泉につかるサルの写真は雑誌などで見たことがあるだろう。雑食性で果実や種子、昆虫などを食べる。冬のエサの無い時には、木の芽や木の皮まで食べる。交尾期は10月~2月、出産期は4月~7月でこの時期にはやや攻撃的になるために野生の個体を観察するには注意が必要。動物園では交尾期になるといつにも増して赤い顔をした、発情したサルたちを見ることができる。近縁種に屋久島のヤクザルがいるが、一説によればこのサルたち、東南アジアのカニクイザルやタイワンザルとともに、別種に分類しているのが疑問視されるほど近い種類なのだそうだ。青森県の下北半島では施設にいたタイワンザルが逃走し、野生化して近くのニホンザルたちとの混血が進んでいるそうで、「北限のサル」としての種の保存に危機が生じているとか。これというのも、両者が生物学上、生殖に何の問題も無いくらいに近い種だからという理由からだ。
 「畑を荒らした」「物を盗んだ」といった猿害の報告も全国各地から出ているように、「増えすぎて困っている」という感じのするサルだが、実は全体的には減少してきているというのが研究者の間の一般的な意見だ。確かに人里の周りでは畑の作物や残飯類などがあって栄養状態がよいために急激に増えているが、全国的には生活環境の悪化、孤立化によってどんどん減少している(ハズだ)。
 現在日本に棲む野生のサルの数は、最大に見積もって約10万頭。一般的にはその半分の5万頭とも言われている。京都大学霊長類学研究所の調査によれば、自然状態でのサルの自然増加率は約3.3%ということだから、年間だいたい1500頭~3000頭強が自然増加する計算になる。しかし、害獣として処分されるサルたちもいる。その数年間約5000頭以上。野生のサルが増えているハズがない。
 いわゆる先進国の中で野生のサルが見られるのは日本だけだ。そのせいもあって、日本の霊長類学は、いまなお世界のトップレベルにある。だが、全国にある野猿公園に代表されるように、餌付けで大量のサルたちを集め、そのおかげで周辺地域に猿害が起こるなど、サルとの付き合い方がうまい国であるとは言えない。
 ニホンザルのより正確な生息数については日本霊長類学界が数年前から統計調査をはじめている。結果が出るのはあと数年先。ここで悲劇的な結果が出ないことを祈りたいと思う。ニホンザルがトキやカワウソの二の舞になる可能性は、そう低くはない。


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