うんこ
後悔先に立たずというが、先に手を振って前に立っといてくれればどんなにいいだろうと思う。
私は今までも「あ~!やっちゃった!」という経験をたくさんしてきた。
ドイツに来てから、携帯のシムカードを変えるのがうまくいかず3回もシムカードを買った。
友達とニュルンベルクのクリスマスマーケットに行くはずが、バス停を間違えて朝5時半にフランクフルト空港に佇んだ。
パスポートを台所に置きっぱなしにして捨てられた。
どうしようもない間違いだし、他人にとったら「ふん、そんなこと」と思うことかもしれないが、こういったことをやらかしたときの自己嫌悪はすごい。時間もお金も無駄にして、自分はなんて駄目な人間なんだと目の前が真っ暗になる。そして、胸のあたりがむかむかして、泣きたくなるのだが、怒りの矛先が無い。というか、やらかしたのは自分でしかない。
そして今日、また事件は起きた。
*
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私は農場で何枚も動物や景色の写真を撮るから、スマホにはたくさんの写真がたまっていく。これを私はいつもパソコンに移し、SDカードに保存していた。
しかし最近、私のスマホとパソコンのコネクションが悪い。ケーブルでつないでも、うまく写真を読み込むことができないのだ。読み込めたかと思えば、7枚くらいパソコンに転送されエラーが表示される。こんな状態が続き、なんだかんだパソコンに未転送の写真は2000枚を超えていた。
ふとSDカードの問題なのではないかと思った。パソコンの右下のSDカードの入ったくぼみを、ちょいと押してみる。取り外したSDカードには汚れはないようだが、ふっと息を吹きかけてもう一度くぼみにさした。
そしていつものようにSDカードのアイコンをクリックしようと思ったが、見当たらない。
接触が悪いのかと思い、もう一度取り外し、つけてみる。つながらない。
パソコンの調子が悪いのかと、パソコンを再起動してみる。つながらない。
ここで初めて、スマホで調べてみた。「SDカード 認識しない」
そして一番に出てきた検索結果は、「全国どこでもお任せ USB・SD復旧依頼」といったような広告だった。
いやいやちょっと待ってくれ。SDカードを抜いただけで、復旧依頼までの話にはならないだろう。
しかし様々なネットの情報を目にするうちに、これは復旧作業というものをしなければならないのかもしれないと気付いた。マウント解除という作業をせずにSDカードを抜くと、こういった事態が起こりうるらしいのだ。
この情報を目にして、私はなんとも暗い気持ちになった。
スマホの写真をパソコンに送ることができないだけでなく、今までの写真が目の前から消えてしまった。私が保存していた写真データは、大学に入ってからの全ての写真だったためにショックはかなり大きい。
ここまでで、私は数時間をパソコンの前で費やしていた。そして、得られたものはないばかりか大切なデータを失った。今までの時間も失った。
もう自分が嫌になった。怒りとも絶望ともつかない気持ちが沸き上がってくるが、どうしようもない。とりあえずパソコンを閉じて、お母さんにLINEして、現状を伝える。
そして、そのままふて寝しようと思ったが、こんな午後じゃあまりにも悲しすぎる。誰にも会いたくないしこのまま消えてなくなりたかったが、この部屋にこのままこもっているのも嫌だったので1階に降りて行った。
*
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使ったマグカップを台所に持っていくと、ペートラに会った。ペートラはこの農場の女将的存在だ。ペートラに今起きたことを説明した。
ペートラ「そういうこともあるわよ。もしかしたら息子のステフィーが来たとき、見てもらえるかもしれないわ。」
私「本当に。ありがとう。とりあえず今はパソコンから離れたいから、少し外を散歩してくるね。」
少し気が軽くなった。
外に出ると、午前中は雪が降っていたのがすっかり晴れに変わっていた。風は冷たくコートが無くては外を歩けないが、すがすがしい青空だった。
とりあえず、空を見上げながらふらふらと農場を歩き回った。少し行くと、馬が見えた。
馬の草地に入っていく。馬に挨拶をする。馬はこちらに寄ってきて、顔を私に摺り寄せてきた。ふと、馬のうんこが落ちているのが見えたので、それ用の塵取りとほうきのようなものを使い、草地のうんこを少しずつコンテナに運んだ。
うんこを拾うという単純作業を続けるうちに、私の心はいつの間にか凪いでいた。
馬のうんこを拾ううちに考えたのだが、私は中学生の頃に読んだミヒャエル・エンデのモモを思い出していた。
うろ覚えだが、確かこんなシーンがある。
モモが時間泥棒の灰色の男から逃げるシーンだったと思うのだが、モモはその街を後ろ向きになって逃げる。灰色の男たちは、車を使って追いかけるのだが全く進まないのだ。
ゆっくり進むモモがたどり着き、急いで追いかける灰色の男たちがたどり着けない。
私はこのシーンを今の自分になぞらえていた。パソコンという時間泥棒の前で、私の気持ちは焦っていた。しかし事は全く前に進まないばかりか、むしろ後退した。
しかし外にでて歩いてみる。私は馬のうんこを拾ってみる。確実に、馬のうんこがコンテナの中にたまっていく。こんなに小さなことなのに、心が満たされる。
私たちは今、たくさんの便利の中にいる。パソコン・スマホといった電子機器を始め、多くのことが体を動かさずに、一瞬でできるようになる。しかし、ひとたび問題が起これば、その前に立っているのは何もできない私なのだ。
一方で、私が拾ったうんこは、コンテナがいっぱいになると堆肥場まで運ばれる。熟成したら、トラクターで運んで、畑や果樹園に撒かれる。それが肥料になって、野菜や果物がとれる。それを手に取って、人が食べる。
私が農業に魅力を感じた理由の一つは、働いたら働いた分が目に見えてわかる、ということがある。作業で体は疲れても、作業が終わった後の心はすがすがしい。作業の後に食べるご飯が美味しい。
私は何をやるにも効率は悪く、物事を進めるにもゆっくりとしているほうだ。とても競争で勝つタイプではない。しかし、こういった私だからこそ農業という素晴らしい分野に興味を持つことができたのかもしれない。
だらだらと思ったことをまとまりなく書いてしまったが、
要するにパソコンをいじってたらSDカードのメモリを紛失し、拗ねて外に出てうんこを拾っていたら気分がよくなったという話だ。
うんこはすごいという話だ。
結局またパソコンを使ってこの記事を書いていることは、誰にも内緒だ。
まちゅ
ちなみに、パスポートを捨てられた話は→こちら
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