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■「マスコミ」記者は乞食と同じか

マスコミへの道(38)
新聞、放送、出版…マスコミ志望の方々へ

きょう28日アップの「日刊ゲンダイデジタル」の記事「相撲担当記者は力士顔負けのごっつあん気質」

マスコミへの道(37)で書いた関連ともいえる内容だ。
ゲンダイ記事にある、新聞を中心とした記者が持つ悪い面、ごっちゃん体質。日本に新聞というものが商売として機能するようになった明治以降、ずっとあったと思う。
国家権力に始まり、役所、企業、芸を売りたい芸能人、注目を浴びたいスポーツ選手、カネを持つ個人…そういう人間に接触し、ネタをもらい「字にする」一方で、供応も受けてきたのは事実。
国家権力と対峙し、社会正義を訴えるというのとは正反対である。
永田町ゴロ、財界ゴロ、スポーツ、芸能界ゴロ的な、乞食のようなタカり記者は昔も今も多数いるだろう。権力、カネを持つ人間に近づきたい、という気持ちがある意味で記者には必要なのだ。
それが薄かったから、自分自身は三流記者だった、と思う。「うまくやる」ことができないほうだった。
僕が記者として業界に入った昭和の末からバブル崩壊、長いながい経済低迷やら霞ヶ関の省庁再編などなど、いろいろ世の中は変わり、供応は激減はした、と思う。
僕自身は取材の現場、ネタを持つ相手に接触するということは今はないので、最近の状況は本当のところ分からないが、まともな記者なら気を付けて行動はしなければならないだろう。
それでも、こうして折々に、こんな記者があぶり出されてしまう。
そもそもが、新聞、テレビ、大手出版社に入り、取材、編集業務に就くのはやはり難しい(難しかった)から、一種の悪しきエリート意識、勘違いを持つ人間が多数生まれてしまう。
また、距離を縮めないとネタを取れないのも事実なのだ。

自分の経験だが、かつて超大物歌手の事務所とやり取りがあった。あそこはよく贈り物をしてきた。商品券10万円を贈ってきたのには驚き、すぐに返したが、ちゃっかりもらっているスポーツ紙記者もいたと聞く。今世紀に入ってからの話ですよ。

いわゆる業界紙の世界では、企業から金品をもらうのはおそらく今も続いているのではないか。ケースにもよるだろうが。スポーツ紙の場合は、やはり一般紙よりそのあたりの倫理観はユルイ印象。それが令和の今も続いている…としか思えない。
朝乃山と酒を飲んでいた記者がいるスポーツニッポンはいつ処分を下すのか、それを公表するのだろうか。スポニチ記者と言えば、相撲以外でも競馬担当で「記者を出勤停止 持続化給付金の不適切受給に関与」ということで先月処分があったばかりである。


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