ウクライナ紛争(マイダン革命)のきっかけ 要約

■1. なぜヤヌコービッチ大統領はEU(欧州連合)との交渉を延期したのか

  • 2013年のウクライナは経済状態が非常に悪かった。

  • ヤヌコービッチ大統領は、ロシアと貿易協定を結び、更に、EU(欧州連合)とのより良い協定を作ろうと努力した。

  • パートナーの選択肢は2つあった①IMF(国際通貨基金)と②ロシア

  • ① IMFとの交渉

    • 何度も繰り返し交渉した。

    • 【電気と天然ガスを中心とした公共料金の大幅な値上げ】と言う、解決策を提示された。

    • この解決策は、経済状態が悪い中、貧しい国民に、収入は変わらないのに大きな出費となるため、到底受け入れられない。

    • 別の提案をしたが、IMF から2013年11月に正式に拒否された。

    • バランスシートを計算する中で、EU 欧州連合がウクライナに提示した協定に問題があることが分かった。

    • 必要不可欠な経費の負担が大きく、EU(欧州連合) はその損失補填を行わない問題。

  • ②ロシアとの交渉(プーチン大統領の回答)

    • ロシア市場はウクライナ農産物に門戸を開いている。

    • ウクライナとロシアは一体となった、ユニークで特別な経済関係、カスタムボーダー(関税国境)のような関係を、既に築いていた。

    • ロシアの利益も考えてくれるなら、パートナーシップを結ぶ用意がある。

    • ウクライナが欧州と協定を結ぶと、EU(欧州連合) 全ての商品を交渉なしにロシア市場に参入させることになる。

    • ウクライナの判断を尊重するが、その代償をロシアは支払うつもりはない。

  • EU(欧州連合)との交渉を呑むと、ロシア市場は大幅に制限され、閉鎖されることにもなりなねない。

  • 結局、EU(欧州連合)との交渉は上手くいかず、休止となった。

  • EU(欧州連合)との交渉延期に対して、10万人以上の市民が抗議を行った。

■2.誰が平和なデモを紛争に変えたのか

  • ヤヌコービッチ大統領は、武力による介入は反対した。

  • 大統領府トップのセルヒ•リョヴォチキが、クリスマスツリーを設置を名目に、アルセニー・ヤツェニュクと市民運動を蹴散らす会談をしていた(シークレットサービスの情報)

  • セルヒ•リョヴォチキは、多くの米国の政治家と親しい関係にある。

  • 訓練された若者(ウクライナ右派セクターの民兵)が機動隊の到着と同時にマイダン広場に到着。待ち構えていた、新鋭テレビ局、記者の集まった中、機動隊に攻撃を仕掛けた。

  • これをきっかけに、平和的なデモは、暴力的なクーデターに変貌していった。

  • ウクライナ極右主義者は、常に抗議デモに圧力をかけ煽動をする。

  • 新鋭テレビ局 他、これらの活動家は、ジョージ•ソロスのルネッサンス財団等から多額の資金を受けている。

  • ビクトリア•ヌーランド国務次官補は、ウクライナ政府にはデモの沈静化について相談しする一方、デモ隊には支援と警察の権力濫用を非難し、更に、デモの集会では政府を非難した。

  • 米大統領候補のジョン•マケインはデモの集会でデモを支持する旨の演説を行った。

  • 米国最高レベルの高官はバイデン副大統領だった。

【ウクライナ•オン•ファイヤー】より
※日本語字幕
※オリバーストーン監督のドキュメンタリー
※90分【無料】
※ウクライナの真実
https://youtu.be/4U_IzVh_KDs

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