「くすぶる炎」と譲れないもの
「どうして、自分はこんなに頑張っているのだろう?」
そんな内なる声が最近、頭の中をよくよぎる。
語弊なく言うと、自分よりも頑張ってる人なんて、たくさんいる。むしろ自分の努力や頑張りだなんて、まだまだだなあと。
でも、それとは別に「なぜか頑張ろうとしている自分」がいるのも、たしかに感じているのだ。
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今年は、都心に通勤する期間があった。
久しぶりの満員電車――都心で仕事をするときのストレスの代表格であり、代名詞とも呼べるもの。
田舎に住んだり、各地を転々としていたから、久方ぶりの満員電車であった。
昔はよく耐えていたものだと思いながら、あの”ぎゅうぎゅう”に押しつぶされる感覚を再び味合うことになった。
昔も今も、やはり満員電車は好きではない。
だけど、もみくちゃに押しつぶされながらも、『この苦痛に耐えながら、人ごみに紛れながら生活するのは、それはそれできっと楽なんだろうな』とも思った。
”生き方の方程式”が溢れている世界。
就職先も、住む場所も、余暇の過ごし方も、人との出逢い方も、たくさんの選択肢がある世界。
苦しいことも勿論あるけれど、モデルケースを探すのには、きっと事欠かないであろう。
それでも、自分はこの世界に溶け込もうとは思わなかった。
今年は忍耐の年
今年1月のSNSの投稿の中で、「今年は忍耐の年だから」と書いた。
自分の予想は外れて欲しいと思いながら書いたけれど、その言葉通り、今年は忍耐の年であったように思う。
決めたこと、選んだことの内、8割くらいが裏目裏目。
先のことを考えて計画したり、策を練ったりしても、まるで思う通りにいかない。
年末に近付くにつれて、ようやく軌道に乗ってきた感があるものの、前半から半ばにかけては散々だった。
もどかしい1年だった。
各地を転々し、美しくて心が落ち着くような景色もたくさん観てきた。でも、思い出されるのは充足感より、閉塞感や孤独感の方が大きい。
友との約束や誓い
孤独を感じるとき、真っ先に思い浮かぶのは、友との約束や、自分が勝手に決めた誓いである。
いつか一緒に山に登ること。
とある島で、日本酒とクラフトビールで乾杯すること。
上手くなったら、一緒にスキーを滑りに行くこと。
友人がリノベした古民家の庭で、焚き火とコーヒーをすること。
その他、上手く表せなくても、大小含めた、友との約束や誓いの数々。
「また会おう」と言って別れた。だから、次に会うときは胸を張って、また会いたい。
もしかしたら、相手はもう、そんなことを憶えてないかもしれない。自分だけが、そう思っているだけかもしれない。
それに、現実的なことを言うと、その全てを叶えるのは、きっと難しいのだろう。
人生は案外、残酷なものである。
でも、それでも、いつか叶えたいと思って、心が止まない。
いつか必ず――と。
譲れないもの
友との約束や誓いは、自分にとって、強く心の支えとなるものである。
だけど、「どうして、自分はこんなに頑張っているのだろう?」という声の答えにはなっていないように思う。
約束や誓いはいつか叶えたいものだけれど、必ずしも叶うわけではない。
叶うことができたのなら、素敵なことだけれど、それはきっと相手と自分のタイミングしだい。
相手はもう、そんなことを憶えてないかもしれない――
そう思っても、突き動かされる何かが自分の中にいる。
自分の原動力を、約束や誓いだけで説明するには、何かが足りないように思えた。
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この1年半、多くの場所で、様々なタイプの人と出会ってきた。
その数だけ、新しい自分と出逢ってきた。環境の数だけ、新しい自分が見えてくる。
だからこそ、自分の核となるものを無意識に掴んでいたのかもしれない。
「お前にしか伝えられないことがある」
「できるはずなのに…もったいない!」
問い続けていた先に、ささやかだけど力強い声が聞こえてくるようになってきた。
自分は何を伝えられるのか。自分には何ができるのか。
その正体は、まだ上手く言葉にできない。
だけど、「くすぶる炎」が燃え続けるかのように、消そうとしても消せない、譲れないものが確かに存在することは分かった。
大切なものを大切にする
今年は実家に滞在する期間が長くて、いつになく、家族と過ごす時間が多い年でもあった。
色々と世話になって、本当にありがたかった。
今まで、けっこう自由にやらせてきてもらったから、いつまでも夢見がちではいけないし、現実をしっかり見なければと思う。
具体的には、経済基盤をしっかり整えること。お金を稼ぐこと。
だけど同時に、自分の理想も忘れたくはないと思う。それが自分の原動力だから。
「大切なものを大切にする」
それが、自分の人生のテーマであり、生き方の指針である。
家族や友人、自分が大切にしていきたい考えや価値観を大切にしていけるようになりたい。
やっぱり、もっと頑張らないとね。
最後に
孤独も悪くなかったと、今なら思える。
自分の中の「くすぶる炎」と譲れないものがあることの存在に気が付くことができたから。
もどかしい思いを抱えながらも諦めなかったのは、「同じ状況はいつまでも続かない。晴れの日もあれば、雨の日もある」というのを知っていたから。
昔と比べて、自分も強くなったなあと思う。
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来年は、どんな年にしていこう。
展望も戦略も練っているけれど、状況は刻一刻と変わっていくから、結局のところ、地図は真っ白である。
ただ、一つ言えるのは、今年をバネにして、より高いところへ。
くすぶっていた炎を、しっかりと燃やしてあげよう。
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