見出し画像

やさしさの速度

「あら、きょうはたくさんいますね〜。ほとんどこんなことはないんですが、ここで待ちますか?」
泊まったホテルの運転手さんがそう言った。

12、3人の小学生と、学校の先生なのか保護者2人がバス停に並んでいた。

「もう一個前のバス停まで送っていきましょうか?まだ時間あるので、間に合います。その方が座れそうですもんね」

気の利いた提案に「ありがとうございます、お願いします」と告げると、ひとつ前のバス停まで送ってもらう。
「こんなことめったにないんですけどね」
ホテルに来る時も同じ運転手さんに乗せていただいた。
迎えに来てくださった時に「ホテルが高台にあるので、部屋から海を見ると水平線の端と端が少し丸くなっていて、地球って、まるいんだなって、そう思うと思いますよ」と言われた。
ややゆっくりとやわらかい声ですてきなことを教えてもらい、ここに来るまでにハプニング続きですり減っていたわたしの心はずいぶんと救われた。
運転手さんに「本当に地球がまるい感じがしました」と伝えると「そうでしょう?」とバックミラーでわたしと目を合わせてくれた。
荷物を下ろし、お礼を告げると「お気をつけて」と目尻を下げて去っていった。

送ってもらったバス停にはデイサービスの迎えの車が止まっていた。
杖をついたおばあちゃんが無言で乗り込んでいく。おばあちゃんの手を取る介助の方がこちらに軽く会釈したので、わたしも会釈した。
そういえば明日はデイサービスの日だ。一緒に暮らす祖父のことを思い出した。
ここでの暮らしの様子にわたしの暮らしが一瞬だけ混じったような気がした。

バスは8:53に出発する予定だったけれど、10分経っても来ない。
交通量もさほどないし、普段は空いているらしいローカルバス。
どうしたのか、と考えたところではやく到着するわけでもない。
バスの時刻表を見ていたら、その上にあったQRコードの横に「今どこを走っているかわかります」と書いてあった。
「残念だけど、わたしは沖縄に来る時に成田空港に携帯電話を置いてきてしまったので、わからないんですよね」と、こころの中でQRコードに話しかけた。
QRコードの近くには、タクシーの電話番号も載っていた。
「えーと、わたしタクシーも呼べないんですよね」と、こころの中でタクシーの電話番号に向かって話しかけた。

待つしかない。
そのうち来るよねって、信じるだけがわたしにできることである。
さすがに20分超えたら飛行機に間に合わなくなるかもしれないので、何か次の一手を繰り出そうかなと決めた。
歩行者が誰も通らないバス停で、歌をうたって過ごした。

前の日にひさびさに聴いて涙した歌。

口ずさんでみて、また泣きそうになったけど、昨日とはまた違う、もっと軽やかなあたたかさを胸に感じて笑ってしまった。

結局20分近く遅れてバスが到着した。
バスっていうのは、どうしてこうも支払いのシステムがまちまちなのだろうか。
先払い、後払い、一律金額、区間料金、suicaは使えるかどうか。
仕方のないことだけれど、毎回運転手さんに聞く時にドキドキする。
バスの扉が開く。
どうやってお支払いしたらいいのか尋ねたら、整理券取ってください。と素っ気なく言われた。バスの真ん中あたり、ひとりがけの席に座った。運転手さんはわたしが座ってキャリーケースの位置を安定させたのまで見届けてからバスを発車させた。
次のバス停では、先ほど見かけた小学生と保護者の団体が乗ってきた。たいして急ぐ様子もない団体に、またこれでバスが遅れると思ってしまった。運転手さんは「手すりにおつかまりくださーい」と言って、全員がどこかに捕まったのをバックミラーで確認してから発車した。
そのあとも小学生4人グループに、高校生やおじいちゃんおばあちゃんなどが乗って、バスは満員だった。
早めに向かっているものの飛行機の出発時間に間に合わなかったらやだな、と考えてしまう。
でも、考えたところでわたしにはどうにもできない。
乗っているしかないから、到着まで腕時計を見るのをやめることにした。
見ても見なくても変わらないことだから。

外の景色を眺めていたら、月桃が目についた。それからウコンの葉っぱのようなものも見えた。次に来る時は、植物やスパイスが生えているところをもっと見たいな。

何度か乗り降りする乗客たちと運転手さんの様子を見ていた。
バス停に停車したドアの開け閉めの時、乗客がちゃんと席に座ったのを見届けたあとに必ず2呼吸置いてから動きがはじまることに気がついた。口振りは素っ気ない運転手さんだけど、真面目なやさしさがそこに見えたような気がした。
バスの遅れには、どうやらこのやさしさが積み重なっているらしかった。
たとえ本人にその気がなくたって、普段の接し方のスピード感が、ひとに自然とやさしさを与えてくれている。
やさしさには、それぞれの速度がある。

まだまだ辿り着きそうもないバスの外を眺めて、今回の沖縄の旅を振り返っていた。
隣の部屋だったかなこちゃんには、スピードスター的なやさしさがあった。
初日の晩ごはんをホテルのレストランで食べる時、すでに予約してあった人たちの中にわたしが追加で参加したいと言うと「うん!だいじょうぶー!聞いてくるねー!」とさっと姿を消してレストランのスタッフに確認してくれた。
かなこちゃんの行動のすばやさは、初対面でドキドキしていたわたしにやさしさとなって安心をくれた。

同じ部屋だったのりちゃんは、情熱の人でもあるけれど、表面はクールで同じペースでいることがやさしさの人だった。一人部屋の人に「ひとりっていうのもじぶんとじっくり向き合えていいですよね」と話かけていたが、その前にわたしはその人から「ひとりがちょっと寂しくって出てきたの」と話を聞いていた。でもいつもと同じペースでのりちゃんがそう話すから、寂しい気持ちがその人から一旦止まったのが見えた。感情を感じるのは大事なことだけれども、ひたひたに浸かると振り回されてしまうこともある。わたしは時々感情に浸りたい人を見つけては涙が出るボタンを押してしまうところがあるので、なるほどな。と思った。
同じペースでいることは、感情を平坦にしてくれる。
次への切り替えを導いてくれるのだって、やさしさだ。

これまでのいろいろを思い出せば、いろんなひとのやさしさの速度があったと思う。
誰かといるだけで作用するやさしさは、押しつけがなくて軽やかだ。
やさしさの速度が働いているのを見かけたとき、林の中で鳴いている小鳥の姿を見つけたような喜びがある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?