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飛行訓練

 このところずっと朝日新聞の茨城版に県内各地の航空写真が掲載されていて、高いところから下をみるのが好きなわたしの目を楽しませてくれている。アホと煙は高いところへのぼる、とはまさにわたしにピッタリのたとえで、小さいときから木にのぼるの大好き、高いところから飛び降りるの趣味、長じてはそれがこうじて足の骨一本折って、それでもまだ懲りずに軽飛行機のライセンスをとって、上からいい気分を味わいたいというのである。これはもう「ほとんどビョーキ」と数年前のはやりことばの表現を借りれば、その中でもかなりの重症になるかと思う。
 今日の写真は大洋上空で、これを見たときわたしの目に写真ではない、わたしのこの目でみた同じ情景がパッと思い浮かんだ。今から四年前になる。 大竹の海岸から離陸して、景色がこういうふうに見えるのは、たいてい鹿島の少し手前でターンしての帰り道ということになる。飛ぶときはもう少し海岸よりで、いつも海岸線に沿ってまっすぐに、しかも機体を水平にして、といわれながら訓練を受けたことをついこの間のことのように思い出す。
 わたしがもっている認定証には「舵面操縦型」という表示がしてある。ふたりで乗れる飛行機のシートの間にひとつの操縦レバーがあって、これで舵をとるしかけになっている。 燃料はガソリン、前に風防があるほかはとく にからだを保護するような囲いがなく、シ ートベルトも大腿部にだけつけるようになっているだけで、いわばオートバイが空を飛んでいるようなものである。従って写真のような景色は自分の真下に見えるのである。羽の生えたオートバイに乗って、ずいぶん高くまであがってしまったことがある。
 訓練に通い始めてから半年くらいたってからであろうか、クラブのボスのMさんにインストラクターとしていっしょに乗ってもらったとのことである。操縦レバーはそれ一本で体を上下左右に傾けることができ、機首をあげるときは握っているレバーをひく、下げるときには下にゆっくりさげる。当然上げるときにはスピードは落ちるからその分パワーで補わなければならない。逆に下降するときには自然にスピードがあがる。ことばでいうのは簡単だけれど、目で水平度をみながら耳でエンジンの回転数をききわけ(車のよ うにシフトギアがついているわけではない)、 足こそ上空では遊んでいるが飛んでいる間は緊張の連続である。わたしはこのレバーの操作とスピードの関係をなかなか体得できなくて、「そんな逆の操作をしたら命にかかわりますよ」とMさんにこっぴどく叱られているうちに、どんどん上へ上へといってしまい、ついに高度千メートル以上の上空まで舞い上がってしまった。
 通常この飛行機の高度は二、三百メートルくらいのものである。航空写真もやはりそのくらいの高度で撮影されている。そのときには、わたしには下など見る余裕などまったくなく、Mさんの叱責の声にビクビクしながらも、この感覚を覚えようと必死であった。
 Mさんが「だいぶエンジンに負担をかけたようだから少し休ませながらゆっくり降りましょう」と普通の話しかたになってから、初めてホッと肩の力が抜けた感じがしたが、今になって考えてみると、Mさんはほとんどカラになってしまったタンクに気がついてぎょっとしながらも、わたしにはそうはいわないでリラックスさせようと気を使ってくれていたのである。下へ降りてから初めてそうだったのか、と思っているのだからわたしものんきなかあさんである。水平度だけでなく各種のメーターにも常に目をやるようにいわれていたのをすっかり忘れてしまっていたのある。
 ただ上から見下したいというのぞみもそれを実現させるためには、なかなかどうして、苦労がいるのである。もっとも苦労と感じたのはこのとき一度だけで、あと楽しいことばかりである。
 飛行場は初め八郷の山の中にあったが、大竹、鹿島、波崎とベースを変えている。今その波崎の地元の住民から少なからぬクレームを受けているとMさんから情報を得た。設立当時ニュースになった華やかな一面はその影をひそめつつあるようだ。 前出の「飛行友達」でわたしが苦言を呈している社長さんの足もとがいくぶんくすぶり出したらしい。手近にある消火器ぐらいじゃどうも追いつかない事態になりそうな予感がするのですが、 社長さん…。

(平成元年五月)


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