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#01 子供が自由に生きるなら

朝からずっと右上の奥歯が痛い。どうしてだろう、いつもきちんと歯磨きしているのに。違和感はやがて鈍痛に変わり、まるで不仲なオーケストラが奏でる不協和音のようだ。私は憂鬱の海の底にそっと横たわる。

一人暮らしの部屋から眺める四角に区切られた空は青く、窓越しに差し込む光は滑らかだった。しかしそれも今の私には気休めにすらならない。歯が痛くては大好きなコーヒーも飲めないし、焼きたてのトーストにイチゴのジャムを塗って食べることもできない。何だか自分はとても損しているような気分になって悲しくなる。仕方ない。午後からの彼との約束はキャンセルさせてもらおう。私はスマートフォンを手にした。時間は11時少し前。昨日までの彼とのやり取りが残っている画面が次の台詞を待っている。決して事務的にならないように、とは言え湿っぽくなり過ぎないように気を付けながら文章を綴る。何度か読み直して送信すると、すぐに「既読」の文字が現れた。

そもそも余り乗り気ではない彼を無理やり美術館に誘ったのは私だった。急にキャンセルになって彼はどう思うだろう。しばらく画面を眺めていたが返事は来ない。怒っているだろうか。それともせいせいしているだろうか。無機質な画面からは彼の気持ちを推し量ることはできない。いずれにしても既読が付いているのだから、少なくともこちらの要件は伝わった。別に歯が痛いことを気遣って欲しいとも思わない。最近はそんなことを望むこともなくなった。小さくため息をつく。……そろそろ終わりかな。そんな想いがふと頭をよぎる。取りあえず今から歯科医院に行こう。私は引き出しの奥に隠れているはずの保険証を探す。

待合室で順番を待つ時間が嫌いだ。時折漏れ聞こえる甲高いドリルの音や子供の泣き叫ぶ声が、否応なしに恐怖心を増幅させる。私は周りに気付かれないようにそっと目をつぶった。子供っていいなあ。感情を自由に主張できて。大人の私が同じことをしたら周りから変な人だと思われる。そう思われるのが嫌だから我慢する。そうやっていつまでも自分に嘘をつくのだ。仕方ないのだと言い訳になりそうなものを探しながら過ごすのだ。
そんな私をあざ笑うかのように、右奥歯の痛みは相変わらずそこにいる。たまに治まったかと思うと、次の瞬間にはひょっこり顔を覗かせたりしながら、決して離れることなく留まっている。都合よく弄ばれているような気がして、ちょっと腹立たしい。

ようやく自分の名前が呼ばれた。診察室に入る私の緊張は極限状態。どうしよう。子供のように逃げ回りたい。そんな衝動を辛うじて押さえつけながら診察台に座った。何か気を紛らせなくては。私はフル回転で思いを巡らせたる。……そうだ、子供が自由に生きているように、私も自分についてきた嘘を止めてみよう。一つだけでいい。それだけでも随分と気分は解き放たれる。どうせ全てに対して正直になんてなれないのだから。
何がいいだろう。今、私はどうしたいのだろう。
例えば、これが終わったら美味しいコーヒーとトーストで食事にする。のんびりその辺を散歩する。近くの公園のブランコに腰かけて空を眺める。そして気分が落ち着いたら……、彼に別れを告げる。

どう伝えたらいいかは見当もつかないけれど、それはそのとき考えればいい。そう思いながら歯科医院独特の匂いがする空気を大きく吸い込んだ。すうっと力が抜けていくのを感じながら、私は治療が始まるのを待つ。(了)
                              

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