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サワガニっ記🦀②

泡、と書いて「うたかた」と読む。
蟹の泡がはじける瞬間、なのかもしれない。我らが一生。(字余り)

新しい水槽に移してすぐ、茶蜘蛛が死んでしまった。
「茶蜘蛛ぉ…」
4匹になった水槽を眺めて、茶蜘蛛を呼ぶその声は大層、哀感に満ちていたのである。

我々は、死んでいる蟹の共通点に気がついた。お腹がぱっくりと開いていること…。

しかしじきに、その現象が生きている蟹にも起きることがわかった。その間じゅう、蟹はうんともすんとも言わず、ただ呆けたようにだらんとしているのである。泡も吐かない。

そこで私はある仮定を立てた。
蟹の魂が抜けている時、お腹が開くのかもしれないという仮定である。抜けた魂はどこを漂っているのか、とにかく今ここにはない。糸が切れたように、だらりとバランスを失った姿勢のまま固まっている体だけが、そこに残されているのである。

ちょっと目を離した隙に、魂は甲羅に収まっている。水面に出た黒い目玉をくるくるさせる彼らを見て、我々はため息を吐く。

茶蜘蛛が死に、親分が死に、とうとう水槽の中に残ったのは1匹だけになった。

ここに至って我々は、ずっと避けていた一つの結論を口に出す。
「素揚げでも何にしろ、早いところ食べてしまった方が彼らにとって幸せだったのかもしれない」

蟹は泡を吐くことで、体内の水と水槽の水とを入れ替えている、のだそうだ。(私の発言はおおよそが伝聞推定なので、注意してほしい。)
水が汚れていれば、それだけたくさん泡を吐く。

園子(残された最後の蟹)と向かい合うと奇妙なことに、ベッドの中の曾祖母を思い出す。このことは、私だけの秘密。

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