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平常心是道 日々是好日

休診日。

診療所の私の部屋にこもりつつ、オンラインや対面など複数のミーティングをこなしました。

対患者さんではないところが町医者らしからぬところに見えるかもしれませんが、ぼくにとってはこういう日はとても大事です。なぜならば、質の高い医療を提供しつつづけることが町医者の責務とすれば、ぼくが日々行なっているミーティングはまさにその礎になるものだからです。


さて、私の部屋の、私のデスクの後方、つまり私の背中側には、この書を飾っています。


まさにぼくを見守ってくれているかの如く。この書は、数年前、私が最後の最期の主治医を務めさせていただいた方が書かれたものです。
とにかくすごい方だったんです。

すごいところはいっぱいあったんですが、今回は一つだけご紹介しますね。
ほぼ、間違いなくがんの痛みだったんです。なぜ「ほぼ」かというと、病院受診を拒まれていたので詳細な検査ができなかったからです。でも既往や診察などから、きっとがん性疼痛(がんによる痛み)だろうなと。あまりに痛がっていたから、モルヒネが必要だろうと思ったのです。でも、本人はこの時点で意識もはっきりしないところもあって、会話も成立しないところもあって。それで、ご家族とも話し合ってモルヒネを使うことにしたのです。

このときの私は、今よりずっと赤子だったんですね。
決して本人の気持ちを無視したつもりも、家族の気持ちを優先したつもりもありませんでした。きっと、医師である自分に酔っていたというか、無用な正義感だったんでしょうね。間違いなく本人のためだと信じてやまなかったんでしょうね。本当バカな医者ですよ。
気づくべきでした。患者さんに注射するとき、すごく嫌がっていたのを。私は患者さんがモルヒネが嫌なのではなくて、注射が嫌なだけだと思っていたんです。

それが勘違いだと気づくのは数日経ってからでした。
まもなく命の炎が途絶えそうとしていたとき、声にならない声で、患者さんは盛んに注射のところを指さすのです。顔はいわゆる鬼の形相でした。そこで私はやっと気づいたんです。あぁ、注射も、モルヒネもどちらも嫌だったんだと。それで、すぐ抜きました。そしたら鬼の形相も消えて。すっかり落ち着かれた表情に。

この方は苦しくても頑なに病院受診を拒んだ方です。つまり、医療に頼らず、自分の力できっと人生を全うされたいと願っていたのだと思うのです。それを私たちがあれこれやって、注射をやってみたり、モルヒネを使ってみたり。本人のためと思っていたけど、全然本人のためではなかったんでしょうね。全く、間違った正義感を押し付ける、アホな医者でした。
旅立ちを見送ったあと、ご家族にお願いして、この方の作品をいくつもお借りしました。その作品は、私の部屋にも診察室にも、よく見えるところに置いてあります。

「おい松嶋、おめはん、ちゃんと患者の気持ちになって考えているのかい」
そう言われているんじゃないかと思って、厳しく自省をするためにも。
今日も、明日も、本当の患者バカでいるためにも。

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