ポラの時のドモリ、震え、これでいいのだ。

劇場でのポラの時間、好きな踊り子さんの前で強烈にキョドキョドする癖は、僕ばかりではなく多くのスト客さんに共通しているみたいだ。それが僕の心を救った話をする。

僕は言うまでもなく、心から憧れている踊り子さんの前ではもう、手はおろか体中ガタガタ震えて声は上ずり、ドモリまくりで何を話しているのか自分でもわからなくなるほど挙動不審者となる。それはもう毎度のことで踊り子さんもわかってらっしゃる。繰り返すうちに、これはもう自分はこの方の前ではこうなるのは仕方がないと諦め、認めている。さて別に、もう一人極め付きに美しいMさんがホームに来ていて、ポラの時に僕はご多分に漏れず上ズリまくった。Mさんはそんな私を見て、笑いながら「可愛い」と言って下さった。そればかりかその日は飲み友達と来ていて、彼らが私の上ずりをとても好意的に見てくれて、そんな私が新鮮で好ましいと何度も何度も言ってくれた。僕は、ああこんな自分でもいいんだと、つくづくと自分を認めてもらってうれしくなった。自分は神と崇める踊り子さんに出会ってから、ずっとこうだったなあと懐かしくこの二年半を振り返った。と同時に思い出したことがあった!!!このドモリ方、体の震え、間違いなく半世紀前、高校の時に好きだった片思いの彼女に告白したときそのままだった。それを急に思い出した。このことは今の自分に大きな転換となった。自分をすっかり認めることができた。うれしかった。これは他人に説明するのに少し長くなる。

高校の時、好きな同級生がいた。名前は仮に、ひとみさんとしておく。俺がひとみさんを好きで好きで、いつも彼女の方に目が行って、しかし目が合うのは怖くてさっと視線を反らし、またまさぐるように彼女を横目で見つめてしまう、そんなことをずっと毎日続けてしまっていた。何しろ同級生なので同じ教室にいるからいつも目が行ってしまう。憐れとでも言うべき醜態。そんな俺を見かねて、同級生の気のいい女子が、ひとみさんに告白してごらん、呼び出してあげるから、と言って、放課後の図書室の前をセットしてくれた。(後から思うと、本当に親切な子だったと思う。その時は言われるがままだった)しかし約束の時間、ひとみさんが来たはいいが、俺はもう完璧にキョドッテしまい、アワアワとドモリながらほとんど意味不明な事を口走っていた。(今にして思えばいつもの踊り子さんの前の状態なのだが、当時は生まれて初めての醜態だった。)壮絶に情けなかったが、最後に「俺の気持ち知ってんだろ?」と聞いたときだけ、ほんの少し彼女は微笑んでくれたのが底知れぬ救いだった。でももう、それから付き合いが始まるなどでは全く、全くなくて、ずっと、彼女の眼を見るのがますます怖くて、タダタダ目を反らすだけ、そして話したい気持ちはますます膨れ上がるばかり。話したい気持ちと、彼女の近くに行けない、目も見られない反射をしてしまう自分との間に挟まれ、どちらにも行けないばかりの地獄が何週間も続いた。そのストレスもあり、(家族仲が最低だったのも大きくて)俺は次第と精神を蝕まれていった。神経性の発作を起こし、教室内で叫びだすなど、もう目も当てられない日々だった。醜態は幾度も繰り返される。それ以上ここに書きたくもない。しかしそれから何十年も経過した今の今まで、ひとみさんの前で狼狽えてキョドッテいた自分を、最低に情けない醜い忌み嫌うべきものとして自分は受け止めていた。何一ついいことのなかった、ただ恥曝しなだけのみっともない高校時代に思えていた。卒業式の後、ひとみさんに酒に酔いまくった勢いでベロンベロンで電話して、「もうかけて来ないで」とまで言われて(当たり前だ!)大泣きして自分の家中にゲロを吐き散らしまくって泥酔していた。

そういう最低の思い出が、実は自分のありのまま、そのままの等身大の姿であり、踊り子さんとスト仲間によって暖かく認めてもらったことにより、半世紀ぶりに、その時の自分に、それでもいいんだと言ってやりたい気持ちになって、とてもしみじみとうれしい気持ちになった。ストリップに出会えて、僕は自分の過去をすら、暖かいものに変えてもらうことができた。半世紀前の、そして今の自分を好きになれたよ。


2024/5/25
これを代替テキストでポストしてみた。誰か読むのかな?

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