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ショートストーリー|こころの声

わたしの家族を紹介します。
結婚3年目になる、
わたしと、カメラマンの夫ヒロシ。
そして生後40日目に我が家へやってきた、オスの柴犬ピント。
お迎えした日、ヒロシがファインダーを覗きながら、
「いまは耳がたれてるけど、いつ立つのかなぁ?」と言って、カシャ!
わたしが「じゃあ、名前、ピントにしようか?」と提案。
「ヒロシ、カメラマンだし。それと耳がピンと立つように」
ヒロシも「それ賛成!」ってことで、命名ピント。
すると、なんとその後1週間くらいで耳が立って、
わたしとヒロシはびっくり。
ピントの頭をナデながら、わたしが、
「願いをこめて名づけると、その願いが叶うみたいだね、ピント」
そう言うと、ヒロシが「その通りだね。さすが、ミホ」だって。
あっ! ごめんなさい。うっかり言い忘れてました。
わたしの名前は、ミホ。
フリーライターをしています。

ボクのママは、ミホって言うらしい。
パパは、ヒロシって言うらしい。
だって、2人がそう呼び合っているのをいつも聞いてるから。
それにしても、パパとママはとても仲がいい。
2人の会話を毎日聞いてるボクが言うんだから間違いない。
ボクは、2人の声も好きだし、
2人の心臓の音も好き。
パパは昼間、ほとんど家にいないけど、
ママは在宅ワーク。
いつもそばにいてくれる。
だからいつもママの心臓の音が聞こえてる。
聞いてると安心して、
ボクはついつい眠ってしまう。
それはそうと、ボクは耳がいいみたい。
最近、ママの心臓の音でもない、
パパの心臓の音とも違う、
小さな心臓の音が聞こえる。

ヒロシの帰宅を待って、
わたしが「あのね。きょう病院に行ってきたんだけど」
そう言うと、ヒロシはすぐに気づいて、
「ということは?」とニヤリ。
わたしはうなずいて「3ヶ月目に入ってる」と答えた。
「バンザーイ!」とヒロシ。
わたしの足元でピントも尻尾をブンブンしてくれている。
「でも、そんな兆候あったっけ?」とヒロシ。
「ピントが最近…」ピントを抱きかかえながら、
「ちょくちょくお腹に鼻を押しつけてきてクンクンするから」
「だからミホ、もしかしてと思って?」
「そうなの。ありがとうね、ピント」
わたしはピントのオデコにキスをした。
ヒロシも「ピントなだけにピンときたんだね」
ダジャレを言いながら、ピントのオデコをナデナデ。
ピントは褒められているのを分かっているのか、
気持ち良さそうに目を細めてくれた。

ボクはこう思ってる。

心臓の音は、こころのリズム。

不安な時、緊張してる時、興奮してる時、
こころのリズムは早くなる。
トック、トック、トック、トック ♪

笑顔でいる時や、眠ってる時は、
ゆったりリズム。
トックン、…トックン、…トックン ♪

我が家では、
ボクのほかに、3つの心臓の音が聞こえてて、
ほとんどの時間、ゆったりリズム。
ボクは3つの心臓の音、
ぜんぶが好き。

ついに産まれてきてくれました。
男の子です。
「ピント、ただいま~」
わたしとヒロシが病院から戻ってくると、
数日ぶりに会うわたしに、
ピントはいつも以上に尻尾をブンブン振ってくれた。
でもすぐに不思議そうな顔をして、
わたしに抱かれて眠っている小さな命を眺めている。
ヒロシはピントを抱きかかえ、
「ピントの弟だよ~」って、小さな息子に近づけた。
ピントはおそるおそる首をのばしてクンクンしたかと思うと、
ペロッと。
すると小さな息子は目をさまし、小さくニコッと微笑んだ。
ピントは驚いた様子だったけど、
もう1度ペロッとしてくれた。
どうやらピントも、
自分の弟をちゃんと受け入れてくれたようだ。

数日ぶりに聞いたピント兄ちゃんの、心臓の音。
ママやパパと違って小さな音だけど、
やっぱりボクは、
ママとパパとピント兄ちゃんの心臓の音、
ぜんぶが好き。
あっ! ボク、言い忘れてたかも。
みなさん、もしかして、
ボクのこと、ピントだと思ってた?
実はボク、違うんです。
ピントはお兄ちゃんで、
ボクは、こころ。
女の子に間違われそうな名前だけど、
「みんなの心を大切にする子に育ってほしいから」って、
パパが名づけてくれました。
みなさん、ごめんなさい。
もし、ピント兄ちゃんとボクを勘違いさせちゃってたら、
本当にごめんなさいでした。

~ こころの声、おしまい ~



叙述じょじゅつトリックを書いてみたくなる小説★
  宿野やどの かほる 著「ルビンの壺が割れた」


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