神宮球場で行われた『乃木坂46 真夏の全国ツアー 2023』東京公演では、4日間ある公演日の全てで、乃木坂野球部による楽曲『Never say never』が披露された。
初めてそれを目撃した日、私は感動のあまり涙を流した。ライブを終えてから、なぜそんなに感動したのだろうかと考えてみると、この曲があまりにも久保史緒里のことを歌っているからだという考えに至った。
”人は誰だって人生じゃ孤独なプレイヤーなんだ
観客席にいるわけじゃない”
久保は2018年に、休業した時期があった。2018年6月30日、全国ツアーの欠席と21stシングルの活動休止を発表。2018年9月2日、「真夏の全国ツアー2018 宮城公演」最終日のアンコールにて、活動復帰。
しかし復帰当初は万全な状態とは言い難く、「正直、休業前よりもよくないかもしれないって感じた時期もあった」という [1]。そんな当時、彼女の支えになったのが先輩からの言葉だった。
休業に至った当時、久保は、もがき苦しんでいた。
”思い通りなんかにならなくても
試合はまだ終わらない”
久保が休業した要因の一つには、他メンバーと自分に差を感じてしまったということがあった。休業中も、休業明けも、その思いから逃れることはできなかったようだ。しかし、復帰からしばらく経って、差を自覚しつつも、それをモチベーションに変えようという前向きな発言が見られるようになる。
”点差ばっかりを気にすんな
ここはじっと耐え忍ぶんだ”
そして久保は、いつか来る未来に備えて、グッと力を溜める。それは彼女が、活動初期より大切にしていた姿勢であった。挫折を経験してもなお、その姿勢を彼女は貫いていく。
あるいは彼女は、先輩たちの言葉にも支えられ、自分を信じ続ける。
”風向きがチェンジすればワンチャンきっとあるだろう
さあ 今は歯を食いしばって 自分の力 信じよう”
そして久保は、決して諦めなかった。それは彼女が休業前から固く誓っていた姿勢であり、彼女はずっとそれを曲げなかった。
”Oh, never say never, never say never, never say never”
例えば、「センターに立ちたい」という夢。諦めかけた時期もあったけれど、彼女はその思いを持ち続けていた。諦めかけた時、彼女は、先輩の存在に背中を押され、かねてより抱いていたその思いを、2021年9月に初めて公言する。そして再び、夢へと向かう。
諦めなかったからこそ、久保はチャンスを手にする。
2021年。ドラマ『クロシンリ』と舞台『夜は短し歩けよ乙女』に出演。
2022年。『乃木坂46のオールナイトニッポン』パーソナリティ就任、舞台『桜文』主演、主演映画『左様なら今晩は』公開。さらに、翌年のNHK大河ドラマ『どうする家康』への出演決定が発表される。
そして2023年。3月に発売された32ndシングル『人は夢を二度見る』にて、久保は、「センターに立ちたい」という夢を遂に叶える。それは彼女が、諦めなかったからだ。自分を信じ続けたからだ。
さらにこの年、夢の1つであった写真集『交差点』が発売される[7][18]。特典として封入されたポストカードの1枚には、裏面に「夢に向かって走るあなたへ。」と題された手紙が記されており、そこには、「どうか、誰よりも自分が、自分を信じてあげて欲しいです。(私の夢は、そうやって叶っていったのでした…!)」との言葉があった。
『乃木坂46 真夏の全国ツアー 2023』は、33rdシングルのセンター井上和が座長を務めるという形式ながらも、32ndシングル『人は夢を二度見る』の披露が大きな山場となっていた。そしてその披露直前に、ダブルセンターを務める山下美月と久保史緒里が、日ごとに交互に締めの挨拶を実施した[a]。
そこには、1・2期生が全員卒業した後の乃木坂46を、山下と久保が先頭に立って引っ張っていくんだというメッセージが感じられた。すなわち本ツアーは、かつて思い通りに行かず苦しんでいた久保が、ある側面では、遂に「勝利」したことを象徴するツアーだったと言えるのではないだろうか[b]。あるいは久保の「勝利」を願っていたファンにとっては、その「勝利」を久保本人と初めて分かち合う機会だったとも言える。
『Never say never』が、神宮球場に響き渡る。
”一億回 以上負け続けたって
僕はその次に勝つ君を見てみたい
いつの日にか 絶対に勝利して
抱き合おう 喜び合おう”
さて、ここまで見てきた文脈では、「君」はアイドル久保史緒里であり、「僕」はファンであった。
しかし、文字通りにこれを野球の曲と捉えた場合、「君」は野球選手であり、「僕」は野球ファン久保史緒里とも言える。
久保はなぜ、野球が好きなのか。その理由のひとつは、野球観戦を通じて、勇気を貰えるからであろう。
例えば彼女は、甲子園開幕を目前に控えた時期のラジオで、異様なハイテンションにて以下のように語っていた。
”一億回 君がもしも負けたって
僕は応援をし続けるよ
頑張った 君の汗と涙に
たくさんの勇気を貰ったから”
久保が勇気を貰うのは、きっと、そこにアイドルとしての自分を重ね合わせるからであろう。
少なくとも私は、久保が甲子園にドラマを見出しているように、アイドル久保史緒里にドラマを見出している。久保が『熱闘甲子園』を見て『野球太郎』を熟読するように、私は久保が登場するドキュメンタリー映像を見てインタビューを熟読する。久保は特別に思慮深く、ハートが熱く、そしてその思いを共有してくれることでファンの心を大いに揺さぶる、高校球児型アイドルなのだ。
”一億回 君がもしも負けたって
僕は応援をし続けるよ
次の回を何度だって信じる
自分自身 重ねて”
すなわち『Never say never』は、「アイドル久保史緒里」と「野球ファン久保史緒里」を見事に繋ぎあげた一曲と言える。この曲を聴くファンにとって、久保は、「君」であり「僕」だ。この曲によって、「野球ファン久保史緒里」は「アイドル久保史緒里」の一部として立ち現れてくる。
高校球児にとっての青春が甲子園にあるように、久保にとっての青春は乃木坂にあった。高校卒業に際し行われたインタビューで、彼女は以下のように答えていた。
センターという夢を叶えた今も、久保の道のりは、まだ終わっていない。センターに選ばれてなお、彼女は以下のように語っている。
”夢 挫折 希望 絶望 繰り返しながら 試合は続く”
追伸
本noteがお気に召した方は、ぜひ「乃木坂46 久保史緒里1st写真集 交差点」をご購入ください。巻末のロングインタビューでは、本noteで触れられなかった部分も含め、彼女の濃密な歴史が語られております。
彼女が諦めずに目指してきた「夢」の1つがこの写真集発売でした 。
どうか、よろしくお願いいたします。
注
[a] 『人は夢を二度見る』は、地方公演では本編最後の曲、東京公演ではアンコール最後の曲として披露された(※千秋楽のみ更にその後に『乃木坂の詩』披露あり)。なお、『人は夢を二度見る』の披露直前に山下または久保による締めの挨拶が行われたのと共に、別タイミング(地方公演ではアンコール最後の『乃木坂の詩』披露前、東京公演では本編最後の『おひとりさま天国』披露前)にて座長の井上による締めの挨拶もあった。
[b] 「勝利」とは、メンバー同士がセンターの座をひたすらに争っているという、殺伐とした世界観を表したい訳ではない。「相手を負かした」というよりは、メンバー全員が一体となって上に進む中、特に彼女の努力が実り、センター、そしてグループの先頭という結果となって表れたというイメージを私は持っている。それは他人との勝負の結果でもあるが、自分との勝負の結果でもあるだろう。あるいは、見た目のポジションを勝ち得ただけではなく、それを通じて、努力が実るという事実を勝ち得たとも言える。私自身はっきりとした定義を持てていないが、そういう大きな概念として「勝利」という語を用いている。
参考資料
[1] graduation2020高校卒業, 東京ニュース通信社, 2020.
[2] blt graph. vol.37, 東京ニュース通信社, 2018.
[3] blt graph vol.42, 東京ニュース通信社, 2019.
[4] BUBKA 2019年3月号, 白夜書房, 2019.
[5] 久保史緒里, “差,” 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ, 3 4 2018. [オンライン]. Available: https://www.nogizaka46.com/s/n46/diary/detail/44303. [アクセス日: 2 9 2023].
[6] EX大衆 2019年9月号, 双葉社, 2019.
[7] 久保史緒里, 乃木坂46 久保史緒里1st写真集 交差点, 集英社, 2023.
[8] 乃木坂46×週刊プレイボーイ2021, 集英社, 2021.
[9] EX大衆 2019年1月号, 双葉社, 2018.
[10] BRODY 2017年6月号, 白夜書房, 2017.
[11] FLASHスペシャル グラビアBEST 2020年早春号, 光文社, 2020.
[12] 久保史緒里, “着々と,” 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ, 9 3 2018. [オンライン]. Available: https://www.nogizaka46.com/s/n46/diary/detail/43548. [アクセス日: 2 9 2023].
[13] BOMB編集部, “公式Twitter,” 学研プラス, 17 4 2018. [オンライン]. Available: https://twitter.com/idol_bomb/status/986202139771912194. [アクセス日: 2 9 2023].
[14] EX大衆 2021年10月号, 双葉社, 2021.
[15] 乃木坂46新聞2023特集号, 日刊スポーツ新聞社, 2023.
[16] B.L.T. 2023年3月号, 東京ニュース通信社, 2023.
[17] 久保史緒里, “32枚目シングル,” 乃木坂46 久保史緒里 公式ブログ, 20 2 2023. [オンライン]. Available: https://www.nogizaka46.com/s/n46/diary/detail/101193. [アクセス日: 16 7 2023].
[18] BRODY 2020年6月号, 白夜書房, 2020.
[19] 乃木坂46のオールナイトニッポン 2023年8月2日, ニッポン放送, 2023.
[20] 日刊スポーツ 2023年4月4日, 日刊スポーツ, 2023.
ヘッダ画像:『TSUTAYA on IDOL Vol.114』, 2023.
関連記事