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アンポンタンでもいいけど、教育って大切だよ!マカピーな日々#0464

マカピーです。

さて、昨日の投稿では思いのほか沢山のコメントを頂きましたので、以下に書き足しすることにします。


いわゆる「在外」と呼ばれる海外勤務ですが所属する会社や団体により生活レベルも大きく異なります。

それでも子女教育となるとグッと選択の余地がなくなります。まず現地にある日本人学校です。東南アジアであればマニラ、ハノイ、シンガポール、バンコクなど日本企業の沢山ある大都市になると文科省から先生が派遣される「日本人学校」があり、ほぼ日本の教育システムで運営されています。

大使館付属のような地位を持っていてもかなりの学費となる事を覚悟する必要があります。それは派遣される日本人の先生の派遣費用を父兄が負担するわけですし、誘拐事件などに遭遇しないように専用バスでの送迎費用も自己負担となるからです。

運が良ければ大企業の支援もありますが、邦人企業の協賛が得られない学校では、個人負担する学費がかなり高額になるケースもあります。

アフリカの某国では日本人学校校長自身のお子さんの月謝を払えないので、日本人学校の代わりにInternational Schoolに通わせていたという笑えない話がありました。

次に日本人補習校というのがあります。週末の土曜日あたりに父兄や青年海外協力隊のかたがボランティアで先生を務める有志による民家を利用した学校もありました。こちらは費用は格段に安いですが宿題を見てもらったり、または現地の方と結婚した人のお子さんたちが日本語を使う場所になっていたりしました。

どちらであっても、日本人の旅券を持っていて義務教育期間中は在留届を提出していると、日本大使館を通じて毎年日本の教科書が送られてきます。(日本の住民票を抜いて在外公館での在留届けが必要になります)

確かに、このあたりの日本の社会制度はスゴイですね!全教科の本が送られてくるんですよ!

そして多くの子供を持つ日本人家庭が「レインボー」とかの通信教育での添削を受けさせていたのは、日本に戻った時のギャップが無いようにという親心だったと思います。

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ちなみにマカピー家は、息子たちを日本人学校や補習校にも子供は行かせませんでした。それは赴任国が変更するたびに、日本人学校があるとは限らなかった事、新たに現地校(現地語を主体とする)に行かせるのよりも英語環境であれば大概International SchoolやBritish Schoolのほうがストレスがないと考えたからです。

(それよりも、今考えると恐ろしい話ですが、当時マカピーは日本を本拠地にして仕事をする事なんて考えていなかったんですね。幸運にも子どもたちが大学を卒業するまでは海外勤務を続けられたんですから!)

それに加えて補習校などを掛け持ちしたら、子どもたちがお互いに友達の家に行ってお泊りする「stay over」とか楽しめる時間がなくなってしまうからでした。

もっとも、補習校へ行かない条件で、週末になると日本語(国語と社会科)はマカピー妻が徹底して教え込みました。

当時の日本語教育を息子たちは「Black Weekend」と呼んで恐れていましたが、これはどの国の父兄も同じなんです。

学校で友達と一緒にいる時間が長いので、幼く柔軟な脳はみるみる間に両親よりも英語が流暢になる一方で、面倒な母国語学習嫌うのです。どこの国籍の子供も同じことを言います「だって、英語のアルファベットって数が少ないから覚えるのが簡単なんだよ!」

だから、インド人大使夫人も中国人国連職員の奥さんも、逃げ回る子供をあの手この手で母国語学習させるために半狂乱になってました。

「もうダメ、教えられないわ!自分の子供だと思うから良くないのよね。このままでは息子を殺しかねないわ、誰かいいチューター(家庭教師)はいないかしら!?」

日本の学校にあるような「いじめ」は少なかったですが、別な意味で父兄も本国では考えられないような環境で、必死で対応していたんです。

ちなみに成人したマカピー息子たちは、自分たちが日本語の読み書きができることに感謝はしているようです(苦笑)

「在外勤務」イコール「駐妻(チューヅマ:海外駐在員婦人)」の優雅な世界を思い浮かべる方もいらっしゃいますが、少なくともマカピー家には別世界の話でした。

そしてInternational Schoolでは教科書も含めて学校側がすべて必要なものを準備します。しかもアシスタントがいて実験道具や授業ごとの資料などを人数分の準備などをしてくれるのです。

つまり教員は教えるプロとして活動できるのが日本と異なる点で、日本の先生が給食費を集めたりしているのは教育とは関係ないという事で、あちらでは論外なんですよね。

しかも、IB (インターナショナル・バカロレアと呼ばれる教育システム)を導入した学校では、その基準に達した先生がリクルートされてくるので専門教科や教育学での博士号や修士号を複数持っている教師がゴロゴロしていました。

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日本の高校に当たる10年生から12年生の教科書を見ると、もはや大学のテキスト並みで分厚い「専門書」ですが、そこに自分の名前を記入して、保存状態がよく、改定がない限り、次の年次の人が使い続けます。

ちなみに最近のマカピーの母校のニュースレターを見たら、農業専門書が高価なので自分の使った書籍を現役学生に寄付しようという運動があり、ようやくこうした取り組みをすることになったと嬉しくなりまいた。

それなのに日本の義務教育では、いまだに無駄を承知であれほどの書籍を改定し続けるシステムを作り、さらにユニフォームと呼ばれる制服、体操着、上履き、も無理やり年度ごとに準備させるシステムのおかげで苦しんでいる家庭があるというのが分からないのでしょうか?

日本政府も「SDG's」を叫んでいますが、今のこの状況のどこがサスティナブル(持続可能)なのかチットモ分りません!

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マカピーの親友に母子家庭家族のヨースケがまだ幼かった頃、サッカーをやりたいというので学校のチームに入れてもらったけれど、母親にしてみればユニフォームもシューズも結構な費用で家計に響いたそうです。

しかも試合の日に仕事が入ってしまうと、試合へ送り迎えの配車に参加できなくなると「自分勝手は許されない」と言われるし、ヨースケもシューズのポイントがすり減っていたからと試合に出してもらえないけど、新品を買ってもらいたいと母親に言えなかったのだそうです。

二人してネパールのマカピー達を訪ねて来た時のことです。マカピー息子たちが雑多な国籍の友達たちとサッカーしているのをヨースケがピッチの外で見ているので長男がやって来ました「ヨースケ、どうしてみんなとプレーしないの?楽しいよ!」って誘うと「ボク、シューズも運動着もないし・・・」と下を向いてつぶやいたのでした。

「え?そんなの要らないよ!ヨースケがブレーしたかったらすればいいんだ!」

そしたら、「うん、わかった、ボク行く!」とジャンバーを脱ぎ捨てて仲間に加わっていったのを見ながら、母親が「そうなのよね。道具が無くてもいいのよね・・・」という目には涙がありました。

マカピーでした。

最後までお読みいただき感謝します。今回は長編で反省しています!







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