きのこの垢抜け

 みなさんはきのこ、という食材をご存知ですか?

 私は知っています。でも、そんなに詳しくはありません。わかるのは、きのこの正体が菌であることと、生食は基本NGであること、あとは実際の経験から舌があれの食感や風味をなんとなく覚えているだけで、それ以上の知識は持ち合わせていない、というのが正直なところです。まあ、きっとこの文章を読んでいる大抵のひとが私と同じレベル感でしょう。きのこは第一に食べる物であって、知的探求心の向かう先であるかというとなかなか絶妙なところにあります。

 子どもの頃、家族と焼き肉をしているときに言われた「きのこは菌だから、よく焼かないとお腹壊すよー」。人によってはそこから「なぜ菌など食べるのか?」「食べても良い菌とダメな菌の違いとは?」と無限に世界が広がっていきそうなものですが、私はアホウだったのでただ言われたことをそのまま受け取り、いまもその常識だけで生きている、本当に話はそれでおしまいです。

 さてそんな距離感のきのこですが、まあなんか、いろいろと種類がありますね。種類。そう、この種類、というのが実はまた難問で、私は正直各種きのこそれぞれの細かい差がよくわかりません。いや、いや、もちろん、パッと見でこれはえりんぎ、これはなめこ、というぐらいはわかります(たまに間違える)。でも、肝心の味まではどうでしょうか。最初にも述べたように、きのこは基本的に加熱して食べる物ですし、なんならしっかり味付けまで済ませた上で口にすることがほとんどですから、素材そのものの、ありのままの風味は知らないんです。知らないばかりか知ろうとしたこともないから、わざわざいろんな種類のきのこを買ってきて匂いを嗅ぎ比べる、あるいは危険を冒して生で食べ比べしてみる、などの研究行為も特にしたことがない。
 味はともかくとして、形が違うのだから食感は全く違って感じるはずだ、と言われれば確かにそんな気もしてきますが、それを細かく説明しろと要求されたら言葉に窮します。

 さてそういった背景がある中、私はつい最近まで、しょっちゅうぶなしめじを購入していました。多い時には週3回以上のペースです。ぶなしめじのいいところは、何といっても安い。どこのスーパーでもだいたい税込み100円前後で価格が安定しています。おまけに、どんな料理に入れてもおかしいということがない。なめこなら味噌汁、えりんぎなら鍋、とだいたいの相場が決まっている他きのことは違い、しめじなら炒め物からスープまで和洋中何にでも合わせて使うこうとができます。みんなが大好きなカレーの具材にしてもいいし、ハンバーグの付け合わせに選ぶことだって可能です。私は「きのこの違いなんてわからない」と口では言いつつ、深層心理ではしっかりぶなしめじと他のきのこを区別して、とりあえず世にはこいつさえあればヨシ、とばかりに依怙贔屓していたわけです。

 また、別の見方をするならば、「なんだか違いも正体もよくわからないきのこという食べ物」の中で最も平均的かつ代表的な存在としてぶなしめじを認識していた、とも言えるでしょう。
 なめこなら味噌汁、えりんぎなら鍋、まつたけなら炊き込みご飯、なんて食通のようなことを今しがた言いましたが、私はおそらく、それらの大半をぶなしめじで代用しながらこの歳まで生きてきています。

 しかしある時ふと、というか、とうとう、気が付く瞬間がありました。きのこってぶなしめじだけじゃなくない?と。

 それは最近、あるお料理Youtuberの動画を見ていた時のことです。確かその動画では、キーマカレーかボロネーゼを作っていました。その人が作る料理は大抵が定番の一品で、材料も簡単に手に入るものだし、作り方もそんなに複雑ではありませんが、野菜くずを再利用して天然の出し汁を取ってみたり、挽肉を焼くときにまずしっかり焦げ目をつけてからほぐすようにしたりと、随所にプロのような技がちりばめられていて、とても工程が丁寧というか、隠しきれない上品さがあります。本職の方かどうかはわかりませんが、料理のセンス、技術、知識がふんだんにあることはまず間違いなく、盛り付け方もいつもとてもきれいで、サムネイルの写真が全部美味しそうです。

 そんな人がね、丸くて茶色いきのこをなんとか切りにしながら、言うんですよ。

「先に焼き色が付くまでブラウンマッシュルームを炒めておくことで、きのこの濃厚な風味が引き立つんですね」

 かーっ!オシャレじゃないの。きのこをいち具材としてではなく、香りづけのアイテムとして使うだなんて。正直、私の感性ではブラウンマッシュルームとしいたけの違いがわからず、まったく同じ物に見えるのですが、とにかくこの場合料理に使うのはぶなしめじでもしいたけでもなく、必ずブラウンマッシュルームでなくてはいけない。そんな気がしました。私は当然、キーマカレーにもボロネーゼにもしめじを使ってきましたが、もう、そんなことは金輪際やめるべきです。

 だいたい、なんにでもぶなしめじを使うなんて、考えてみればセンスがありません。そんなのはどこに行くにでもユニクロを着て出ていくのと同じです。確かにユニクロは安くて品質も良く、すばらしいブランドですが、ちょっと散歩に行くのもユニクロ、水族館に行くのもユニクロ、観覧車の頂上でプロポーズを受ける際にもユニクロ、では少し味気ないという物です。私はそれと全く同じことを料理においてしていたのだ!

 ……いえ、いえね、だからといってもちろん、ぶなしめじのいいところが消えたわけではありません。それに、今までずいぶんお世話になったのだから、あまり悪しざまにいう訳にはいかないでしょう。

 しかし私は、断固としてぶなしめじ以外のきのこも使っていく。味噌汁にはぶなしめじ、鍋にもぶなしめじ、炊き込みご飯にもぶなしめじ、というのを一切廃止し、なめこなら味噌汁、えりんぎなら鍋、まつたけなら炊き込みご飯、ブラウンマッシュルームにはキーマカレー、という風にしていく。こうすることで、ワンランク上の料理を、食の垢抜けを目指す。

 それで、でも、どうしても物事を深く考えるのが面倒なときや、ブラウンマッシュルームを買うお金がない時には、喜んでぶなしめじを手に取ることでしょう。なんと言ったって、ぶなしめじはどんな料理にでも合うのだから。ぶなしめじは万能だから。ぶなしめじは、きのこ界の重鎮だから。ぶなしめじが売ってないスーパーなんて、あり得ないから。

 ちなみに私の夫は、プロポーズの時にユニクロで買ったスーツを着ていましたが、特にその後の関係に影響はなくいまもラブラブです。

この記事は文学サークルお茶代(Twitter/@ochadaiofficial)2024年4月ジユー課題③『センスの食べ物』に向けて書いたお料理エッセイです。参加させていただき(※勝手に参加した)ありがとうございました!

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?