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短編小説 「心を無にして -あるマーモットの日常-」

 「マーモッおはようっ」この掛け声で僕の一日がはじまる。昨日は夜遅くまでYouTubeの撮影だったので、まだ寝ていたい。僕は気付かないふりをして背中を向けたままじっとしていた。二回目の「おはよっ」の掛け声も無視していたら、肩を揺すられた。それでも気付かないフリをしていたら、揺すり方が激しさをましてきたので、恐怖を感じ、仕方なく、眠い目をこすりながら寝床からよたよたと這い出ると、飼い主から人参を手渡された。「今日の朝は人参か」マーモは飼い主から色々な食べ物を与えられていたのでグルメになっていた。最近のお気に入りはオレオ。少し苦味のあるクッキーと間に挟まれてあるクリームの相性が抜群で気に入っていた。しばらく人参をガリガリしていたが、人参の味に途中で飽きてしまい、放り投げてまた寝床に戻ろうとすると、飼い主に抱えられてある場所に連れていかれた。「またか」マーモは白い洗面所に立たされて、いきなり冷たいシャワーを浴びせられた。この家で飼われることになって、一番はじめに連れて来られた場所もここだった。急に激しく水を浴びせられ、胴体に何やら液体をかけられて、たわしでごしごしこすられると、みるみる体が白く泡立ったいった。これまで体験したことのない事態に遭遇し恐怖を感じた。しかし、何度も繰り返されるうちに、恐怖心や不快感、ストレスを和らげる方法を見出した。それは心を無にすることだ。頭の中を空白の状態にする。そして、あらゆる感覚器官を鈍らせる。抵抗しようとするからストレスになるのであって、どうぞお好きにという感じで、身を任せると、不快感やストレスが緩和された。
 ここにいれば、食べ物は与えられ、狐に狙われる心配もない。空調も一定の温度に保たれ快適だ。ふかふかの寝床もある。それでも時々夢を見る。ヒマラヤの大草原で仲間と押し合いをしたり、食べ物を取り合ったり、巣穴の中で仲間で重なり合って眠っていたあの頃のことを。

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