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短編小説 「今夜はマモ祭り」

「遥かなる彼方の大空より舞い降りてくるものわれわれに災いをもたらす、翼を大きく広げて、鋭い爪で捕まえ一飲みにするもの恐ろしく、そのものよりわれわれを守りたまえ」
 マーモットたちからマモ守護神と言われて崇められているママスが今夜のマモ祭りのための準備を行っていた。祭壇を作り、そこに鷲の羽を一枚置いた。この羽はまだママスが幼い頃、弟のマオスが鷲に背中を掴まれ連れ去られた時に落としていったものだった。この現場にママスも居合わせていた。ママスは連れ去られていく弟、マオスを必死に追いかけたが、鷲は空高く舞い上がり山のほうへと姿を消した。ママスは連れ去られていくマオスの悲痛な表情を今でもはっきりと覚えている。弟、マオスはなんとか鷲の爪から逃れようと足掻いていた。その時に一枚の鷲の羽がママスの頭上に落ちてきたのである。その一枚の羽をママスは大切に保管していた。ママスは、弟、マオスを助けられなかったこと、自分だけ助かったことに自責の念を抱いていた。あの恐ろしいものから我らマーモットを守らなければならない。この一年に一度行われるマモ祭りはママスにとってはあの時の出来事を思い出す辛い日でもあった。
 マモ祭りは日が暮れた頃から始まる。まずママスの祈りの儀式が行われ、その後は火を囲んでみんなで歌ったり、踊ったりする。この日は料理人のマーマも自慢の手作り団子を大きな葉っぱに並べて、みんなにふるまう。(マーマのことを詳しく知りたい方は短編小説「ビスケット職人マーマ」をご覧ください!)マーマはママスの幼なじみで、小さい頃からママス兄弟と一緒に遊んでいた。ママス兄弟の大好物は黄金の果実と呼ばれるオレンジ色の実だった。この黄金の果実を食べると弱っていた体がみるみる回復していくので、体の弱っているマーモットに重宝されていた。近年、この黄金の果実が人間によって取られてしまい、マーモットが手に入れるのは難しくなっていた。マーマはこの黄金の果実をどうしても手に入れたかった。ママスの儀式の際にママスの弟、マオスのお供え物としたかったのである。マーマは遠くまで探し求めた。三日ほど探し歩いてやっと、黄金の果実を見つけた。人間にほとんど取られてしまって、二つほどしか実は残っていなかったが、その二つの実を大切に持って帰った。
 日が暮れてくると、祭りの広場にマモたちが少しずつ集まってきた。ママスが儀式用の衣装に着替えて巣穴から出てきた。ちょうどその時、マーマが黄金の果実を持ってママスの巣穴を訪ねてきた。「ママスくん、ちょうど良かった。君にお願いしたいことがあってね」と二つの小さな黄金の果実を渡した。「この黄金の果実は君の弟、マオスくんの好物だったよね。この果実も祭壇に供えて欲しいんだ」ママスは幼い頃、弟と黄金の果実を一緒に食べた記憶が蘇った。「マーマくん、ありがとう。弟もきっと喜ぶと思う」とお礼を言った。
 ママスの儀式が始まると、ママスはマーマからもらった二つの黄金の果実を祭壇の上にそっと置いて、祈りの言葉を唱えた。
「遥かなる彼方の大空より舞い降りてくるものわれわれに災いをもたらす、翼を大きく広げて、鋭い爪で捕まえ一飲みにするもの恐ろしく、そのものよりわれわれを守りたまえ」
ママスは祭壇の上に置いた鷲の羽と二つの黄金の果実を見つめながら、弟、マオスが安らかに眠れるように祈った。すると、突然、ママスの目の前に弟、マオスの姿が現れた。ママスは驚いて「マオスッ!生きていたのかッ」と大きな声で呼びかけた。祭壇の周りに集まったマーモットたちがざわつきはじめた。「マオス、無事だったのかッ、今まで何処に行ってたんだッ」ママスが話かけても弟、マオスはママスをじっと見つめているだけだった。ママスは途中で気が付いた。弟、マオスは幼い頃の姿のままだということを。マオスは何も語らずにっこり微笑んで消えていった。ママスは膝を付いて泣いた。マーマが祭壇まで上って、ママスをなだめた。ママスは泣きながら「弟、マオスの幻を見たんだ」と訴えた。マーマは「幻じゃないかもしれないよ。ほら見てごらん、黄金の果実が一つなくなってるだろ」ママスが祭壇の上を見ると、黄金の実が一つなくなっていた。
ママスの儀式が終わると、マーモットたちが火を囲んで歌や踊りを始めた。ママスはその横で、一つ残った黄金の果実を手のひらに乗せ、幼い頃、弟、マオスと黄金の果実を一緒に食べていた日々に思いを馳せていた。

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