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喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~13話

僕が連れてこられた先は雑居ビルの一室だった。場所は分からない。ワゴンには目隠しなのか黒いシートが窓に貼られていたからだ。
 僕はパイプ椅子に座らされ、さっき僕を連れてきたパンチパーマに縞のスーツに身を包んだ、全身に金色の装飾品を身に付けた人物と向かい合っている。

「まずお前が未成年のゆいかをホテルに連れ込もうとしていた証拠写真や」

そう言われ僕は彼にプリントされた一枚の写真を見せられる。あの時見た閃光はカメラのフラッシュだったようだ。

「というわけでな、お前、詫び代支払えや」

僕は思わずため息をついてしまう。

「なんや? あんまびびっとらんな?」
「――はあ、まあ」
「ああ? いい度胸してんな貴様。なんぞ言いたいことあるんか?」
「……これ監禁でしょう? 僕を閉じ込めて、脅して、警察沙汰になったら困るのはそちらも一緒では? しかも未成年て……申告じゃ確か二十歳って……。本当に未成年かもわかりませんし、仮にそうだとしても記録もあるので調べたら虚偽申告をなされていたことがすぐにわかると思いますし、僕は騙されていたことがすぐに証明されるかと思うのですが。」

僕の言葉に彼はニヤついた口元を崩さない。

「ああはいはい、証拠欲しいならやるわ。ほら、これがゆいかの『生徒手帳』やな」
「え?」

そこには確かに彼女の写真と共に、こう書かれてあった。『北遠野中学校 三年生 東雲ゆいか』と。

「ちゅ、中学生!?」
「そうや、ほんまえげつないやっちゃなあ自分」

彼は勝ち誇ったように手帳を胸にしまう。
実際にしゃべってみて幼い印象を受けてはいたが、そこまで若いとは思っていなかった。確かにこの年齢の少女をホテルに連れ込もうとしたということになったら、言い訳は聞かないかもしれない。そこを二人で歩いていたという事実だけでも相当なものだ。

「なあ、ケーサツいかれたら困るってのは理解できたか? お前は『街で未成年をナンパして、繁華街を連れまわして、ホテルに連れ込もうとした』んや。どや、理解できたか?」

そうか。そういうことか。だから彼女は、何も喋らなかったのだ。
彼女は自分が何者か語らない。レンタル彼氏を雇ったなどということも否定するだろう。ただ街で僕に声を掛けられ、付いていったらホテルに連れ込まれそうになった、そう証言するつもりなのだ。だから最初から僕とのコミュニケーションを極力排除していたのだろう。僕を嵌めるために、ただ時間が過ぎるのを待っていたのだ。逆に言えば僕が上手く彼女に話し掛けたことのほうが想定外だったのかもしれない。だから最後に彼女は僕に「ごめんなさい」などと謝ったのだろう。対象に肩入れするつもりはなかったのに違いないから。

「ようやく理解したようやな? じゃあ、払うもん払ってもらおうか?」

胸を反らすパンチに僕はまだ一応の抵抗を試みる。

「あの、でも連れ込もうとしたのは彼女で、それに写真だけじゃそれは……」
「ふん、じゃあこれは何や?」

彼が僕の横に指し示したのは僕が彼女に買った飲み物のペットボトルだ。

「それ飲んだ彼女がな、眠うなった言うんや。お前がなんかこれに混ぜた証拠品や。指紋もばっちり。言い逃れ、出来ると思うのか?」

 ――しまった。

完全に詰んでいる。僕は自身の敗北を認識していた。僕が彼女に渡したペットボトルに彼は後から何か混ぜてそこに置いたのだ。当然僕はそんなものを入れてはいないが、警察に証拠として提出されればそれは僕が彼女に買って渡した物に睡眠薬を入れホテルに連れ込むために使用した、と思われてしまう。脅しの材料としては完璧だった。これではどうにもならない。しかし、どうにかしないといけない。

「さ、それじゃ念書にサインして貰おうか? そうしたら帰したるわ」

 彼はそう言うと僕に一枚の紙を提示する。

 ――示談金、五百万円。

そこに書かれた文字を見て眩暈がした。

「あの、多過ぎでは……」
「ああああん!? お前まだそんなことを言うてるんか!」

彼の顔が間近に迫る。つばと共にヤニの匂いがその口元から零れ落ちる。

「人気者ならそんぐらい何ともないやろ? なあ、REITOくん?」
「――!」
「お前さんが払えないっていうなら事務所のほう、寄らせてもらってもええんやで? それとこれ、出版社に持ち込むのもええかもな? 人気レンタル彼氏、未成年淫行! それなりに高こう売れるんちゃうか?」

――最初から、これが狙いか。

こいつは僕の素性を知っていて僕をレンタル彼氏として雇ったのは明白だった。普通のレンタル彼氏を脅すよりも、立場のある方を狙う。そのほうが、金になるから。周到に僕は嵌められたのだ。この男に。
どうしようもない――そう、観念しかけた時だった。

「……ったくさっきから煩いんじゃ!」

そう言って彼はポケットから何かを取り出す。あれは、僕のスマートフォンだった。
ここに来る途中、彼に身体検査され奪われた僕の持ち物。彼はそれをずっとポケットにねじ込んでいた。

「ち、うっさいわボケが!」

 彼はそう言うとそれを手近の窓から投げ捨ててしまった。

「ちょ……」
「あーあかんわ、手が滑ってもうた。堪忍な。まあ文句があるなら金ぐらい払ったるわ、五百万も貰うわけやしな」

げはは、と下品な笑い声と共に彼はそう言い僕を見下ろす。
その態度に沸々と怒りが湧いてきた。あのスマホの中身はある意味僕の努力の結晶だ。大事な顧客データ。やり取りのメール各種、そして僕が初めて自分のお金で購入した思い入れのある機種そのもの――。それを気軽に投げ捨てられて怒らないでいられるほど、僕は人間が出来ていない。先ほどまで身体から抜けていた力が戻って来ていた。誰が、サインなんてしてやるものか。あれは……。

――大事なもの、なのでしょう?

 雫さんの声が頭に響く。そうして、慈しむように僕に手渡してくれたものを――。

「なんや、その目は」

ドスの効いた声で凄まれる。その瞳ももう笑っていない。僕の変化に気付いたようだ。
暫く僕らは無言でにらみ合う。

 ――ひくものか。

 絶対に嫌だ。たとえ怪我をしても、脅されても、それだけは許せない。

「ちっ」

 折れたのは――パンチが先だった。

「どうやら頭に血が上ってるようやし、下がるの待つわ」

 そう言い残して彼は席を立った。

「ああ、逃げようと思もうても無駄やぞ? 出口は一個だけで施錠しとくし、開いとる窓はそこだけ、まあせいぜい暴れて血圧下げとけや」

 去り際にそう言い残し、部屋は静寂を取り戻した。

「……くそっ」

閉まったドアに取り縋ってみるがドアはビクともしない。どうやら向こう側からロックか蝶番でも掛けられているのだろう。

「打つ手なし、か」

通報でも出来れば――。

そう、電話があれば通報できる。あれを取り戻せれば……。
しかし問題がある。場所が分からない。監禁されていると言えばGPSで追跡して貰えるかもしれないが、実は僕の携帯にはその機能は付いていない。そう、物持ちが良すぎて、何年も機種変更していないのだ。最初に自分のお金で購入した思い入れのある携帯で、僕はそれを愛用していた。

コン、コン。

「!?」

その時、扉が叩かれた。

「……いる?」

その声は……。

「ゆいかちゃん?」

それは、僕を騙した少女の声だった。

「ごめん、なさい……」

彼女はいきなり謝罪してきた。

「……謝るなら、開けてくれないか?」
「……鍵がないから、無理」

僕の想像通り、外には錠が掛けられているようだ。

「本当に、中学生なの?」
「……うん」
「どうしてこんなことを? そもそも、あれ本当に親族なの? 君も何か脅されていたりするの?」
「……一応、そうなる」

その反応には若干驚いた。てっきり、親族だというのは嘘だと思っていたからだ。

「何で、そんな命令に従ったの?」
「稼げって、言われたから」

自分の金は、自分で――。
そう言うと彼女はすすり上げる様な声を漏らす。

「ごべ……んだ、ざい……」

 ――僕は、一度裏切られたとはいえ、彼女をそれ以上問い質すことも、責めることも出来なかった。

「僕も、似たように父に冷遇されてたよ」
「え?」

(自分の金は自分で稼げ)

僕が父にそう突き放されたのはもっと幼少期の頃だった気がする。
お小遣いなど勿論なく、僕が貰ったお年玉は彼の懐に入ったし、中学の時郵便局で正月バイトしたお金も気が付けば持ち去られていた。

(誰のおかげで生活出来ていると思ってるんだ?)

野太い父の声を思い出す。少なくとも、貴方のおかげじゃない。その言葉はしかし、当時の僕には言えなかった。
逃げるように母の実家の祖母の元に引き取られたのは高校に入ったあたりのことだ。
祖母はなけなしの貯金で僕の大学までの進学費用を工面してくれた。今でも頭が上がらない。
そんな境遇を、僕は初めて他人に語った。

喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~ 14話|maa坊/中野雅博 裏で作業中 (note.com)

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