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M&Aにおける役員退職金の活用方法


はじめに

 M&Aで売り手が会社を譲渡した際には、買い手から対価を受け取りますが、同時に譲渡する会社(以下、対象会社といいます)から対価の一部として役員退職金を受け取ることがほとんどです。しかも、その金額は買い手と協議の上で決定します。

なぜM&Aで、対価の一部として役員退職金を受け取るのでしょうか。

それは、売り手にも買い手にも、メリットがたくさんあるからなんです。

今回の記事は、役員退職金を支給することのメリット・デメリットを売り手側・買い手側でそれぞれ整理しました。

実務上の留意点も載せてありますので、M&Aに関与する方はぜひ一度チェックしてみてください。

※以下、読みやすさの観点から「百万円」を「M(millionのM)」と表現しています。3M=3百万円、40M=4千万円、500M=5億円です。

第1章 売り手のメリット・デメリット

①手取りを最大化できる

 まず1点目は、「M&Aの対価を一部退職金として受け取った方が、売り手の手取りが多くなる(税金が少なく済む)」という点です。

■税金の比較例

 売り手がM&Aで株式譲渡をする際は、約20%の税金(所得税・住民税等)がかかります。例えば対象会社の株式をお相手に200Mで譲渡したら、税金は40Mかかります。

ここで、200Mのうち50Mを対象会社から退職金として受け取る(残り150Mを株式譲渡の対価とする)ということを実務ではよくやります。

このとき、退職金の税率は累進課税となっており、金額が増えれば増えるほど高くなります(最大の税負担は、税率約55%×1/2=約27.5%)(*1)。逆に言うと金額が低ければ税率も低くなるので、株式譲渡の税率(約20%)と同じ税負担になるまでは退職金として出した方が税金が安くなるのです。

上記の例のように50Mを退職金として受け取った場合、売り手の対象会社での勤続年数が20年とすると、税金は約7Mで済みます。残り150Mの税金は約30Mなので、税金の合計は37Mです。※詳細な税金の算出過程は省略。

全て株式譲渡の対価としてもらう場合と比べて、退職金としてもらうことで税金は3Mも安くなります。

(*1) 勤続年数(*2)が5年の場合、退職金の税金は支給額に1/2を掛けてから税率を掛けるので、実負担としては最高27.5%となります。また勤続年数に応じた退職所得控除や所得税額控除などの控除もあるので、実際の税負担はもう少し低くなります。勤続年数が5年以下の場合は1/2を掛けることができないので、退職金の税負担はかなり高くなってしまう点は要注意です。

(*2)この勤続年数は、税務上の規定により、1日以上は全て「切り上げ」となります。例えば入社日から退職日までが4年と1か月の場合、勤続年数は5年となります。そのため、もしM&Aのクロージング日(=退職日)が入社してからちょうど5年くらいの場合は、クロージング日を少し遅らせることを検討します。入社してから退職するまで5年と1日でも経てば、勤続年数が6年となるので、退職金を支給することで税負担を抑えることができます。

■実務ではいくらの退職金になることが多いか?

 実務では、最も税金が安くなる退職金の金額を精緻に算定します。売り手の勤続年数にもよりますが、多くの場合、最も有利な退職金は30M~40Mくらいになることが多いです。


②株主ではない役員に対価を渡せる

 2点目は、「M&Aに伴い役員が退職する場合は、その役員にも対価を払うことができる」という点です。

どういうことかというと、株式譲渡はその名の通り株式を譲渡する手法です。つまり、株式を持っている株主しか対価は受け取れません。例えば父親が創業した会社を、息子が二代目として継いでいるような場合。株式はまだ創業者である父親が全て持っているケースがあります。父親としては「老い先短い自分が大金をもらっても仕方ない。これまで苦労かけた息子にも対価を渡してあげたい」と思われます。将来の相続税を考えても合理的なご意見です。

このような場合は、息子が役員を退任してもよければ、役員退職金を払うことで対価を配分することができます。例えば息子に80Mは残してあげたい場合は、先ほどの例だと対価の総額200Mのうち80Mを息子に退職金で払い、残り120Mを株主である父親が受け取ることができます。息子の税負担は最大でも27.5%(=22M)なので、最低でも58Mは息子の手元に入ります。

■後払いも可能

 ただし、当然ながらM&A後も息子は役員として引き続き残りたい!という場合もあります。

このときは、お相手との契約で「将来息子が役員を退任する際に、必ず退職金として80Mを支払う」ことを約束します。父親としても、息子が若いうちから大金を手にするよりも、今後もしっかり継続して働いて、将来引退するときに退職金として受け取ってほしいと思われます。

 この場合の留意点としては、お相手との株式譲渡契約書において、何があっても必ず退職金を80M払ってもらうように強めの文言を入れることです。今回の80Mは、通常の役員としての執務に対する退職金とは異なり、「M&Aの対価の後払い」という性質を持っています。将来対象会社の業績が悪くなったからやっぱり払えません、というようなことはあってはなりません。なのでこの点に関してはしっかりと買い手と認識を擦り合わせ、最終契約書に落とし込みます。

ただし、将来のことは誰にも分かりません。対象会社も買い手も倒産してしまうなど、想定外のことで結果的に払ってもらえないリスクは当然あります。

なので、財政状態に不安があるようなお相手の場合は、避けた方が無難でしょう。

このように、対価を配分したい役員がいる場合においては、比較的柔軟にM&Aの対価を分けてあげることができます。


③車や家などの現物支給もできて、消費税がかからない

■消費税や印紙税がかからない(非課税)

M&Aに伴い、これまで売り手が使用してきた会社名義の車を引き取るケースが多いです。そんなときは、現金で買い取るのではなく、退職金として現物でもらいましょう。

退職金の現物支給の場合は、消費税や印紙税はかかりません。

”消費”の定義に該当しないのと、印紙税の課税文書(限定20種)にも該当しないためです。なので、車や建物などを受け取るときには、売買よりも退職金の現物支給の方がお得になります。細かいですが、ゴルフ会員権も課税資産なので現物支給で受け取った方がお得になります。

■土地の場合

 一方で、土地の場合は通常の売買の方が得になることが多いです。

土地は非課税資産であるためそもそも消費税はかかりません。また、売買のときは登録免許税が1.5%に軽減されているためです(売買以外は2%)。

ちなみに現物支給だと印紙税(通常は高くても数万円~数十万円)はかかりませんが、それよりも軽減される登録免許税の方が多額になることが多いです。

土地の場合は、現物支給よりも売買の方が有利といえます。

■売買の手間が省ける

 例えば対象会社で自家用車や自宅を購入している場合です。M&Aの際に、時価で買い取ってもいいのですが、なんとなくこれまで自由に使っていた私物を改めてお金で買うのは抵抗がある…と思われる方も多いんですよね。

そこで退職金の現物支給として受け取れば、売り手は退職金の税金を払うだけで取引は終了します。原則として源泉徴収が必要となるので、退職金としてモノだけを受け取るような場合は、売り手は手出しで税金分の現金を対象会社に支払います。もし現金とモノを退職金として受け取る場合は、両者合算での税金分が差し引かれて入金されます。例えば退職金80Mの内訳が現金50M、自宅30M、退職金の税金が22Mの場合、売り手は現金28Mと車を手に入れます。


④自分で稼いだお金を自分でもらえる(お気持ちの問題)

 とあるお客さんに言われたことがあります。

「この銀行口座のお金は自分の初仕事の報酬でね。長年ずっと取ってあるんだ。頭では分かってはいるが、このお金だけはどうしても手放したくない。」

経済的には買い手からお金を受け取るのと変わりませんが、このような "思い入れのあるお金" がある場合にも、その銀行口座から退職金として受け取って頂くことで、しっかりと売り手の気持ちを汲むことができます。


デメリットは特にない

 売り手側のデメリットは特にありません。

参考までに、退職金の現物支給により不動産を受け取った場合、不動産登記にその旨が残ります。つまり不動産の謄本に載ってきます。不動産登記事由として「会社法第361条1項3号による移転」あるいは「退職慰労金の支給」と記載されます。

私の経験上気にされる方は見たことはありませんが、「退職してその不動産を受け取った」ことを第三者に知られたくないような場合は、通常の売買の方がいいでしょう。


第2章 買い手のメリット・デメリット

役員退職金の支給は買い手にとっても重要なメリットがあります。

①対象会社で損金算入できる(節税になる)

買い手の最も大きなメリットは、役員退職金支給に伴う節税効果です。ざっくり言うと、役員退職金の3割は戻ってくるイメージです。

例えば株式の対価として200M払う場合と、株式の対価として150M+役員退職金として50M払う場合を比べてみましょう。

前者の場合、買い手は現金200Mを売り手に支払い、買い手のBSに子会社株式200Mが計上されます。特段の節税効果はありません。

後者の場合は、対象会社のPLで50Mの役員退職金(特別損失)が計上されます。これは税務上も費用(損金)となるので、対象会社において利益が出ていれば節税となります。もし利益が出ていなくても、最終的に赤字となった分は「繰越欠損金」となり、翌期以降に利益が出れば相殺できます(10年間繰越可能)。

節税の効果としては、法人税率を34%とすると、50M×34%=17Mです。ざっくり役員退職金の30%は戻ってくるといえます。ですので、買い手としてはM&Aの対価として役員退職金として払えば払うほど、節税効果のメリットがあるのです。

※「税務上いくらまで損に落とせるか?」という論点については第5章Q1で解説。


②手出抑制と社内稟議

2つ目のメリットは、シンプルに買い手の手出しを抑えられる点です。

株式譲渡の対価として200Mを支払う場合には、当然ですが買い手で200Mを準備しなくてはいけません。

ですが、役員退職金を払う場合は、その分対象会社の現金が使えます。例えば対象会社に現金がたくさんあって、役員退職金として120M払う場合、株式譲渡の金額は80Mとなります。

買い手としては「80Mの投資」として社内稟議にかけられます。200Mの投資と比べると随分検討しやすくなり、結果として投資の実行に至りやすいです。

買い手の経営企画の方で、どうしてもそのM&Aを実行したいがこのままでは社内稟議を通しづらい、というような場合にアドバイスとして授けています。


③(後払いの場合)売り手のモチベーションの維持

※役員退職金を将来払う場合(後払いの場合)における買い手のメリットです。

売り手がまだ若くM&A後も役員として継続勤務するような場合、あるいは経営者のご子息が役員として残るような場合には、「将来退任する際に役員退職金を●M払う」と契約することもあります。

買い手としては、株式譲渡で大金を手にした売り手が今後も熱心に働いてくれるのか、どうしても不安に感じてしまいます。

その場合、将来の退職金を設定しておくことで、モチベーションの維持につながります。

また同じ観点から、株式譲渡の対価を少し減らす代わりに、今後数年間の役員報酬を増額するなどの方法も検討することがあります。


④(後払いの場合)連結上ののれんが少し減少する

※買い手が上場会社で、かつ対象会社において十分な利益が出ている場合の、連結会計上のメリットです。

全額を株式譲渡の対価として払う場合と比べて、連結上ののれんの金額が少し減ります。具体的には、将来払う役員退職金の金額×34%分だけ減ります。

例えば時価純資産100Mの会社を株式譲渡の対価として200Mで譲り受けた場合、のれんは100Mです。

一方で同じく時価純資産100Mの会社を株式譲渡の対価として150M、将来の役員退職金として50Mとして譲り受けた場合、のれんは83Mとなります。以下詳細です。

時価純資産=100M-50M(役員退職慰労引当金)+50M×34%(役員退職慰労引当金に係る税効果:繰延税金資産)=67M

のれん=150M-67M=83M

つまり、役員退職金の税効果の分(50M×34%=17M)だけ、のれんの金額が減ります。なお、この税効果は対象会社で(利益が十分出ているなど)会計上の一定要件を満たした場合に限って認められる点は、注意が必要です。

「のれんやのれん償却費を少しでも抑えたい」買い手にとっては、一考の価値アリです。

実務上は、「ここまで検討していなかったけど、役員退職金を将来払うことになった結果、思ったよりのれんの金額が少なく済んだ」というケースがほとんどです。


⑤(後払いの場合)時間的価値を買える

意外に見落としがちなのが、シンプルに時間的価値を買えるという点です。

同じ100円なら、将来の100円よりも今の100円の方が価値があります。今払わずに将来払うことで、買い手はその資金を別の投資に回すことができます

なお、役員退職金を将来払うからといって、何か利息や手数料などが発生するものではありません。そのため買い手としてはシンプルに時間的価値を受け取ることができます。

反対に、売り手としては時間的価値も考慮した上で、納得のいく金額で条件を決めることが大切です。


⑥(令和3年税制改正)M&A準備金制度を使うための活用

今年の税制改正でM&A準備金制度が創設される予定です。

ざっくりとした概要は、買い手が10億円以下の株式取得をした場合に、最大で株式対価の70%までを一括で損金算入できる、という内容です。(事前に所定の計画認定を受けておく必要があります)

その後、5年間準備金を計上しておき、6年目~10年目にかけて益金算入していきます。つまりトータルで考えると、「節税」ではなく「課税の繰延」の効果となります。

とはいえ、一時的に節税をしたい場合には、かなり速効性がある、しかも金額インパクトも大きい手法になりそうです。

ここでは制度についての詳細は割愛しますが、私が着目したいのは要件の「株式の取得対価が10億円以下」という点です。

例えば売り手と合意した最終条件が12億の場合に、全額を株式の対価として払ってしまうと、この制度は使えません。一方で、役員退職金として2億、株式の対価として10億と分ければ、この制度が使えます。

現時点では対価に役員退職金を含むようなことは明示されていないので、役員退職金の活用により、この制度の活用の幅が広がると考えています。


デメリット

買い手のデメリットは特にありません。

ただ、絶対に気を付ける必要があるのはビジネスへの影響です。特に対象会社が建設業のような許認可ビジネスの場合は注意が必要です。こちらは次の章で説明します。


第3章 忘れてはならない留意点

(1)許認可への影響

①その役員が退任しても、許認可に必要な人材が確保ができるか

例えば建設業の許可を維持するには、経営管理責任者とよばれる一定の要件(建設業の役員を5年以上など)を満たした役員が必要です。売り手の社長が経営管理責任者となっている場合、代わりの人材が対象会社にいるか確認しましょう。もしいない場合は、買い手の人材を派遣できるか検討します。買い手からも送り込むことができなければ、最悪、代わりの人材が見つかるまで売り手の社長に役員を継続してもらうこともあります。

※2020年10月より建設業法の改正で、経営管理責任者の要件が緩和されています。こちらの資料(国土交通省)が分かりやすいです。


②純資産が下がっても、許認可は維持できるか(特定建設業や人材派遣業など)

許認可によっては、純資産の要件が課せられています。許可の更新時に、純資産を一定額以上満たしているかという要件です。役員退職金の支給により純資産は一時的に下がるので、次回の更新時に基準を満たせそうか、予め検討しておきましょう。

■M&Aで注意が必要な許認可…特定建設業、人材派遣、建設コンサルタント、地質調査業、前払式支払手段発行業(第三者型発行者)など

例えば建設業のうち特定建設業の許可は、5年に1回更新のタイミングがあり、その際に直前期のBSで「純資産が4000万円以上」あることが求められます(*1)。これは特定建設業の許可を持つ会社は1つの元請工事に関して下請業者に4000万円以上の外注をすることができるため、下請業者などの取引先を保護する観点から、財務の安定性が求められる趣旨になります。

また、労働者派遣事業の許可も、5年に1回更新のタイミングがあります。その際に直前期のBSで「純資産が2000万円×事業所数以上」であることが求められます(*2)。

その他にも、建設コンサルタント地質調査業(いずれも純資産1000万円以上:国土交通省HP)や、前払式支払手段発行業(第三者型発行者)(原則純資産1億円以上:一般社団法人日本資金決済業協会HP)など、色々な許認可において純資産の要件が定められています。

これらの許認可を持っている会社のM&Aの場合は、純資産要件に注意して役員退職金の金額を決定しましょう。

なお、これらはいずれも「許認可の更新のタイミングで判定に使われるBS」において要件を満たしていればOKです。そのため、役員退職金を支給した期において一時的に純資産が基準額を下回っても問題はありません


(*1) 特定建設業の純資産要件として、その他細かい要件があります(国土交通省HP

(*2) 人材派遣業の純資産要件として、その他細かい要件があります。また小規模な会社は要件が緩和されています。(厚生労働省HP(p7以降)) ※一般事業会社のHP


■純資産が一時的に減少した時の対応方法

純資産が一時的に基準値を下回ってしまったときは、次回の更新までにどうやって純資産を積み上げていくかを検討します。

通常の事業運営による利益では足りない場合は、親会社となった買い手から増資あるいは寄附をするのも手法の1つです。なお寄附をしても、100%子会社の場合はグループ法人税制が適用されるため、対象会社に課税は生じません。

注意点としては、買い手が上場会社の場合は、有価証券報告書で単体財務諸表も開示することから、多額の寄附をした場合はPLで目立ってしまうことです。その際は別のグループ会社から寄附をするなどの工夫も検討します。



(2)(建設業の場合)経営事項審査の点数が下がる

建設業で公共工事を受注している場合は、経営事項審査(以下、経審)への影響も忘れてはなりません。

建設業者が公共工事の入札に参加するには、事前に資格審査を受ける必要があります。その過程で経審を受け、入札ランクが決まり、そのランクによって入札に参加できる工事の規模が決まります。

ここで、経審は技術力、経営規模、財務状況などの観点から総合点数が付きます。M&Aに伴い役員退職金を支給すると、その期は一時的に当期純利益が減少あるいは赤字になり、また純資産が減ります。なので次に受ける経審の点数はどうしても下がることが多いです(特にY評点とX2評点)。

ただし、多少点数が下がっても入札ランクはこれまでと変わらないことも多いです。なので、「役員退職金を多額に出したせいで入札ランクが落ちて、これまで通りの受注ができなくなる」ようなことが無いか、予めシミュレーションしておくことがポイントです。


第4章 まとめ

いかがでしたでしょうか。

M&Aにおいて、役員退職金の活用は売り手・買い手それぞれにメリットがたくさんあります。

また令和3年税制改正で創設されるM&A準備金制度を使うためにも、さらに活用場面は広がっていくと予想しています。

デメリット・留意点もしっかりケアしながら、うまく活用していきましょう。

両者Win-WinとなるM&Aのスキーム構築に、役員退職金の活用はマストです。


第5章 よくあるQ&A

実務でよく相談される内容を追記しました。
質問はコメント欄やTwitterにお気軽にどうぞ!

Q1.税務上、役員退職金はいくらでも損に落とせますか?

残念ながら、いくらでも損に落とせるわけではありません。

実務上、以下の算式で計算された金額が上限額とされています。

損金算入限度額 = 退職する役員の役員勤続年数 × 退任時の月額報酬 × 功績倍率(※)

 (※)功績倍率は、代表取締役は3倍、取締役は2倍が目安。

例えば勤続20年、現在の年収24Mの代表取締役が退任するときは、損金算入限度額は20年×2M×3倍=120Mとなります。

ですので、通常はこの損金算入限度額までの範囲内で役員退職金の金額を決定します。


Q2.損金算入限度額を超えて役員退職金を払うことはできませんよね?

こちらはよく誤解されている方もいるのですが、役員を退任する場合は損金算入限度額を超えて払うことは可能です。あくまで税務上、一定の金額までしか損金に算入できないというだけです。そのため、超えた分は別表4で加算調整を行い、「自ら税務上の損として処理しない」ことをすれば問題ありません。

 例えばイレギュラーですが、特定の役員に対価を思いっきり寄せざるを得ないようなケースもあります。そのときは、多額の役員退職金を支給するものの、損金算入限度額を上回った金額は税務上別表4で調整する(税務上の費用として自ら否認する)ことで対応します。

例えばQ1代表取締役に200M払う場合は、PLの特別損失として役員退職金が200M計上されます。一方で、税務上は別表4で80Mを加算調整することで、損金としては120Mを申告します。

このような対応で、損金算入限度額を超えて役員退職金を払うことは可能です。


Q3. 買い手は多額の退職金を出したいが、一方で売り手の手取は不利になる。いい調整方法はありますか?

実務上の悩ましい質問です。

買い手としては、節税効果を考えると損金算入限度額まで、できるだけ多額の役員退職金を払いたいと考えます。

一方で売り手としては、退職金としてあまりに多額を受け取ってしまうと、株式譲渡に比べて税負担が増えてしまいます。退職金の税負担は最大で約27.5%なのに対して、株式譲渡の税率は一律20%と固定されているからです。

※例えば、M&Aの対価200Mのうち80Mを株式譲渡の対価、120Mを役員退職金として受け取った場合、税金は約42M(手取は158M)となります。一方で、150Mを株式譲渡の対価、50Mを役員退職金とする場合、税金は約37M(手取は163M)となります。手取りで5Mも変わってくるのです。

このように、買い手と売り手の条件がコンフリクトしてしまうケースがあります。さて、どうするのがいいでしょうか?

ここではテクニックとして、売り手の手取りが変わらないように、株式譲渡の対価に上乗せします。上記の例だと、株式譲渡の対価を80Mから6.25M上乗せして86.25Mとするのです(役員退職金は120M)。

売り手は株式譲渡の対価として6.25M追加でもらえるため、税後の手取でちょうど5M(*1)追加でもらえることになります。合計の手取は先ほどの158M+5M=163Mです。

 買い手はというと、6.25M追加で払ってはいるものの、決して損はしていません。なぜなら役員退職金を120M払うことで、節税効果として約40M(*2)を享受できるためです!随分メリットがあります。

 買い手としては、M&Aの対価は総額で約206Mとなりますが、そのうち40Mは節税効果が得られるので、差引で166Mの負担といえます。

まさに、Win-Winのスキームです^^

ちなみに対象会社に120Mもの現金が無い場合は、買い手から対象会社に貸し付けます。買い手からしたら子会社になる会社への貸付なので、そこまで抵抗感はありません。M&A後に対象会社が稼いだお金から回収していきます。

(*1)6.25M×(1-20%)=5M

(*2)120M×34%(法人税等)=40.8M


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