見出し画像

ベルリンでの生活のはじまり

昔話です。作文風で語っていきます。今回はドイツ人の他人に対する態度(多くある中の一部です)について。

ドイツに住んで22年になる。10年間は慣れるのに必死で実感としてはゆっくりと進んでいったけど、子どもが生まれてからの12年間はあっという間だった。

ドイツに住むことになったのは、ニュージーランドで現在のパートナーにあったから。ドイツ語は大学の第二外国語で少しかじってたくらいで、まったくだめ。文法なんて、全然頭に入ってこなかった。はっきり言って、あまり好きな言語ではなかった。

ドイツに来た当初、ドイツ語を学習することにものすごく抵抗があった。「がぎぐげご」の発音が多いドイツ語は、私には雑音に聞こえるし、当時住んでいたベルリンのアクセントはさらに、きつく聞こえる。私は関西地方出身で、やわらかい発音をする方言で育ったので、余計にそう思うのかもしれない。そのうえ、ベルリンのドイツ人は大きな声で話すし、日本人の私の か細い声では何回も聞き返されたし、ときには「Lauter!(もっと声量上げろ)」って怒られたりもした。

ドイツ人は、イギリス人やアメリカ人のように簡単には「Pardon!」なんて、言わない。例えば、歩道を歩いていたとすると、うしろから「Vorsicht!(気を付けて!)」と大声をかけられるのだ。「私が通るから、あなたが気を付けて」という理屈は、日本人の私にはまったくわからなかった。自分自身は大きな声で「Vorsicht!」っていえばいい。そうしたら、他人がうごいてくれる。それが当たり前。外国人が驚いた顔をしていると知らないほうが悪いとばかりにキッとにらみつけられたりする。当初は「ドイツ人もイギリス人やアメリカ人みたいなんだろう」と思っていたので、あてが外れて、余計にショックを受けた。そんなこんなで、ドイツ人とドイツ語が怖くなったし、人前で話すのが苦手になった。

それでも、ドイツ人にも親切な人はたくさんいる。上の例はベルリンでよく起こることであって、旅行でいった小さな町や今、住んでいる北ドイツの都市では、すこーしゆるい。

ベルリンでの生活が始まったころ、近所のPlus(いまはないスーパーマーケット)へ買い物にいった。パンやら、バターやらを選んで、バラ売りのトマトを数個とって、そのままレジへ。なにやら、私の買い物に不都合があったらしく、レジ係のひとが必死に私に説明してくれているんだけど、まったくわからない。英語でコミュニケーションをとろうとしても、わかってくれない。食品たちを戻しに行こうと思ったら、おもむろにその係のひとは私の腕をつかんで、野菜売り場に私をうながした。なにをするんだとみていると、トマトを秤にのせて、重さをはかる。そして、重さに対しての値段が計算され、それが印刷されたシールが秤の横からでてくる。その値段シールを袋に貼って、レジにいくということを全部見せてくれたのだ!(今はこのシステムはほとんど廃れました。レジで全部やってくれます)その間、お客さんはレジのまえでじっと待ってくれているのだ。日本なら恥ずかしくて、「すいません」連発のところが、みんな平気で待っていてくれる。不思議なやさしさ。

英語は問題なかったので、家でのコミュニケーションはすべて、英語。でも、上記のようなエピソードに加え、パートナーの家族はまったく英語ができないし、当時のベルリンのドイツ人の英語能力はほとんどゼロに近い状況で、生活していくうえで先々いろいろ問題がでることは明らかだった。そして、しぶしぶVolkshochschuleの集中コースにいくことになった。私立の学校もあるけど、学ぶスピードが速いのは語学には向かないと思ったので、ゆるい公立にしたのだった。

と、思い出話を書いていたら、長くなってきたので、続きはまた。ここまで読んでくれた方、今後ともよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?