7月 医療の進歩と東洋医学の可能性

西洋医学の課題、東洋医学の役割


 過去から現在にかけて医療に求められ続けてきたのは、個々の症状に対する即効性の高い治療法と、科学的な証拠に基づいた診療現、そして生命の存続・死からの回避といったものと思います。これに対し、西洋医学の限界とされる部分は、病因に注目しすぎて全体的な健康状態や生活習慣、心の健康を見落とす傾向にあるという点です。

 西洋医学の進歩によって生活習慣病や感染病の予防・治療が可能となり、死亡率の高い疾患の治療法が確立され、結果的に人々の寿命が延びるようになりました。しかし、その一方で新たな問題も生まれています。長寿化に伴い、老年期に特有の疾患、例えばアルツハイマーやパーキンソン病、さらには高齢者の孤独やうつ状態など、生活の質(QOL)に深く関わる問題が増加しています。

 これらの疾患は治療が難しく、介護など長期にわたるケアを必要とするため、医療費用が増大を続けています。そして、例えばがん治療などより高度で複雑な治療が可能になる一方で、それらは高額なコストを伴うため、医療経済に大きな負担を与えています。

 そこで、東洋医学が担うべき役割は、その全体的な視点から健康を維持・増進し、西洋医学がカバーできない部分を補完することだと考えます。東洋医学では、体質や生活習慣、心理状態を考慮した、西洋医学よりもさらに個別化された治療を提供することができます。これにより、病気の予防とともに、西洋医学ではMUS(不定愁訴)や、心身症といってほとんど無視されてきた症状に対してもアプローチすることができ、患者一人ひとりのQOL(生活の質)を向上させることに繋がります。最後まで元気に生きるという最も重要な目標を達成する可能性が秘められていると思います。

課題と展望

 しかし、東洋医学が国民全体に恩恵を与えるためには課題が多いと感じました。
 まず、科学的な証拠の不足です。西洋医学のような厳密な試験や統計的な解析を通じたエビデンスが東洋医学にはまだ十分にはないです。多くの情報を有機的に繋げ合わせ、それが医師の経験と結びついた時に生まれるゲシュタルトの中に治療方針が存在するため、現在の情報処理能力では科学的に証明することが難しいです。これらを解析する技術が開発されることが求められます。
 次に、人材の育成と教育が課題です。現代医療の枠組みで、卒前教育過程から東洋医学に対する見方を正し、効果を実感する時間を捻出することが理想だと思います。そして門戸を広げ多くの人に漢方診療に慣れ親しんでもらうためには、漢方診療のゲシュタルトを言語化する・精緻化する取り組みが必要で、ある程度までなら戦うことができるという段階に引き上げることが必要かと感じました。
 また、一般の人々の間での東洋医学に対する理解や認知度の向上も加われば、漢方処方を希望する人々のニーズによって臨床医も動かざるを得ないでしょう。

 現在、そして未来の医療において、西洋医学と東洋医学の両輪を回すことで、医療の多様性を広げ、全体的な健康の実現に寄与することができるはずです。これは特に家庭医療の実戦の場・プライマリケアにおいてその重要性が高いと思います。研修を通して、実学として発達した東洋医学の歴史的背景や、どの様な困りごとにも対応しようとする姿勢、患者家族の気質もアセスメントにはいる様子、患者と途切れてもまたつながる長い付き合い(Longitudinality)など家庭医療と高い親和性を実感しました。これから上記の様な科学的なエビデンスの構築、教育体制の確立、社会的認知度の向上といった課題を乗り越え、より多くの人が東洋医学の恩恵にあずかれるように、我々の不断の努力とこれからの情報技術開発に期待しています。

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