一人でも生きていけるように

 久しぶりにじっくり、江國香織の本を読んだ。私は高校生の頃から江國香織が大好きで、気に入ったものは何度も繰り返し読んできた。江國香織の小説は恋愛を主題にしたものが多く、大人になったら自分もこんな恋愛ができるのだと思っていたが、現実はそうもいかない。

流しのしたの骨や、号泣する準備はできていた、すいかの匂い等は特に好きで、ぼろぼろになるまで読んで今は二代目の文庫本を持ち歩いていたりする。今回はそのどれでもなく、江國香織が自身の結婚生活について綴ったエッセイである「いくつもの週末」を読んだ。

この本を初めて読んだときは20代前半だったかと思うのだが、親しい友達が結婚していたり、結婚するしないがわりと現実的な、というか差し迫った問題になりつつあると感じている今読むとまた違った印象を受けた。読みながら、思わずうなずいてしまうほど共感する部分もあれば、全く思いもしなかった新しい視点や、ものの捉え方があるのだとわかったりして面白い。

なかでも、「色」という章が特に印象深い。結婚してからのカラフルな、色つきの生活(たとえば、深夜急に恐怖にかられたときに夫のいびきが聞こえてきて、一人ではないのだと嬉しくなることなどだそう)と独身時代の秩序立ったモノトーンの生活の対比について語ったあとで、彼女が10代後半から20代半ばまでつけていた日記の月毎の目標に、最後に必ず「一人でなんでもできるように」と書き加えていたというエピソードが語られ、それが私には衝撃的だった。目標に書かないまでも、全く同じことを考えて生きてきたからだ。

実際に10代後半から一人でも生きていけるように、と思って進路選択をしたし、資格を取得してとりあえずは日本のどこでも一人でごはんを食べていける見通しがついた。一人で生きていけるということは、すなわち誰かとも生きていけるということなのかな、と思ったりもしている。

先月また新しい男の人と出会った。彼は私よりもいくつか歳下で、生意気を言わせていただくとわたしは歳上の方が圧倒的に好みで、最初は正直なところ特に何も思っていなかった。

さらには圧倒的に自分からアプローチするのが好きなタイプであり、彼から連絡をもらったときには少し戸惑いもした。これまでごく稀に相手から気に入られてアプローチをしてもらっても、受け入れられないことばかりだった。しかし、彼はどう考えてもいい人で、語弊を恐れず言うと嫌ではなかった。なので、二人きりで会ってみることにした。

これまでの私のデートの相手は、遅刻当たり前、割り勘(これが必ずしも悪とは限らないが)勢多数、ノープラン当たり前という感じで、それでも好きだしいいやと思っていたし、男の人ってそういうもんなんだろうなぁと思っていた。

だから、彼が待ち合わせよりだいぶ先についていたときは度肝を抜かれた。さらに、歳下であるにも関わらず財布を一切出させず、きちんと予約などをしてくれていて、常に私を気遣い、優しくしてくれることに戸惑ってしまった。なんならちょっと申し訳なくなって、最後には胃が痛くなった。こういうとき素直にありがとうと善意を受け取れた方が相手も嬉しいんだろうなと、後になって思ったりした。

そしてそこで初めて、私は今までまぁまぁ男の人に雑に扱われてきたのだな…と気づいてしまった。好意がある相手に、男の人はこんな風に接してくれるのかと思った。これまでは自分から好きな男の人を誘っていたから、知らなくて当たり前だったのかもしれないけれど、自分がこんな風に大事に扱ってもらえることを初めて知ってしまって驚いた。帰り道は少し泣きそうだった。嬉しさだけではなく少し戸惑いや、どうしたらいいのかわからない気持ちにもなった。

これまでずっと、男の人に甘えたいと思ってきた。甘えられる彼氏ができたらいいなと、願い続けてきた。しかしいざ思う存分甘えさせてくれそうな人があらわれてみて、怖じ気づいている。ずっと求めていたはずなのに、どうしたらいいかわからなくなっている。

江國香織はこうも言っている。「たよってもいいのだ。あるときふいにそう思いついたのだけれど、そう思ったときの居心地の悪さは忘れられない。」いくつもの週末 「色」p.66より

………この胃の痛みは、ここで書かれている居心地の悪さなのだろうか…??

彼とはまた会おうという話になっている。私も初めてのデートは緊張してしまい、彼もそんなによく話すほうではないためその時はそれほど盛り上がらなかったが、また会ったら変わるのだろうか。そして、私の胃の痛みはまた出てしまうのだろうか。

ともかくいい人なのでいつでも楽しくいてほしいし、せっかく会うなら楽しい時間にしたい。奢ってもらったからには何かお礼もしたい。恋の進展はさておき、この辺りは死守したいと思っている。

引用 江國香織「いくつもの週末」集英社


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