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いやんズレてる~政治家と秘書

「先生、今日は頑張ってくださいね!」
「うん、〇×ショッピングセンター前だから、有権者も多いだろう。気合い入れて演説するよ!」


秘書の佐山の言葉に、さわやかに返事を返す若き政治家。


車が到着する。秘書とともに、車の上に上る。

「みなさん、こんにちは! 区議会議員選挙に立候補した、立川いやん、立川いやんと申します。」


その名前に、聴衆がどっと笑う。よし、つかみはオッケーだ。


「いやんセンセー!」
「なんでいやんって名前なのー?」


名前についての質問が次々に飛ぶ。これもお約束だ。

「えーわたしの名前は、実の父、育ての父、そして祖父が合議で決めたものでして。一郎のい、信也のや、権左衛門のんをどうしても名前に入れたいと。そのために、いやんという名前が付けられました。」


また爆笑。すごい熱気だ。

「わたしはこの名前を気に入っております。えー、わたしの政策は……。」


「本当に気に入ってんのー?」
「ホントはイヤなんじゃない?」


また質問が次々に飛ぶ。

「えー、わたしは本当に気に入っております。そして、わたしの政策は、第一に、子どもたちから大人までのいじめ、差別をなくすことであります!」


聴衆がくすくす笑う。

「やっぱり、いじめられたんだなー。」

「いえ、わたくしは、ジェンダーフリー、そしてさまざまな肌の色、国籍、名前の人がイキイキと暮らせる社会の実現を目指しています。」


聴衆から声が漏れる。
「何で肌の色、国籍のつぎに名前が入っているんだよ。」
「根深いなー。」

「そ、それには、さまざまな人たちの個性を認めるということが大事だと考えています。これは、教育の問題です。わたしは言いたい! 道徳の教科書に、『自分たちと違うタイプの人を笑わない』と書きたい!」


くすくす笑いが大きくなってくる。

「笑われたんだなー。」
「いやんばかん、とか言われて(笑)。」

「そして、第二の政策として……。」


聴衆の一人が言う。
「道徳の教科書の具体例を挙げろよー!」
「そうだそうだー!」

グッとなって、いやんは秘書を見る。こくりとうなづく佐山。

「ええ、お察しの通り、ぼくは名前で散々笑われてきました。いやんばかん? 何千回言われたかわかりません。そのため、ぼくは小学校のときに一時期引きこもり、親に本気で改名を頼み、泣き叫び……。しかし、両親は許してくれず……。」


まずい、と佐山は思った。

「いやんズレてる。」

しかし、いやんは止まらない。

「この名前のせいで、彼女もできず、友達には笑われ、中学では使いっぱしりにされ……。高校、大学では誘われても、合コンには絶対行きませんでした。自己紹介が嫌だったからです。ああ、自己紹介、自己紹介、そんなものはなくなればいいのに! ぼくは、自己紹介のない社会を……。」


「いやん、ズレズレ。そして、もう時間。」

「と、ということで、いじめのない世界を目指します! 具体的な施策も100作ってあります。どうか、有権者の皆様、立川いやん、立川いやんをよろしくお願いいたします!」


聴衆がどわっと笑った。


後ろを見ると、次に演説する〇×党の候補までが笑いを抑えている。


いやんは思った。
「名前で笑われない世界をつくりたいのに……。」

 
その後、いやんはさまざまなところで演説を繰り返した。
農村で、都会で、漁村で、団地で。
そのたびに、自己紹介をするだけで、聴衆がどっかんどっかんとウケた。
 

「ああ、ぼくには立候補なんて無理だったのではないか……。」


本気で悩む、いやん。
佐山が言う。

「大丈夫よ。その調子。あなたが精神的に耐えきれたら大丈夫。」


 
そして、投票当日。

8時の投票終了とともに、立川いやんの当選確実マークが出た。

トップ当選である。あの笑いをこらえていた、古くからある党の候補は2位。ダブルスコアの差をつけていた。

 
テレビが、有権者にインタビューをする。

「なぜ、立川いやん氏に投票したのですか?」


40代女性「だあって、あんまりインパクトが強すぎて、頭から離れなくなっちゃったのよ。次の候補の演説も、全然頭に入ってこないくらいに。悪い人じゃなさそうだし。」


30代男性「出身大学や生まれた場所などで、社会に出ると何かと生きにくい部分がありますよね。そういうところを変えてくれるんじゃないかと。それに、『いやん』なんて名前、絶対忘れないですよ(笑)。」

 
テレビを見ながら、いやんは佐山と抱き合って泣き、それから実の父、育ての父、祖父に順番に電話をして、感謝を伝えたのだった。


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