多発性硬化症と鬱。悪循環のスパイラル。



多発性硬化症で体が動きにくい。同時に鬱にもかかった。絶体絶命のピンチだった。これはやばいと思った。それぞれのヤバさが相乗効果となって心身にのしかかってるのだった。単体で相手をするよりも数倍は危険な状態だったと思う。

僕が鬱にかかった原因のひとつはコロナによる自宅での閉鎖環境だったと思う。鬱の根本原因に閉鎖環境での働きすぎがあった。だが多発性硬化症で体が動かない。つまり鬱を治すために外に出て必要なリラクゼーションをすることが出来ない。室内で一人でじっとしていると死にたいという願望が強く起こるようになった。希死念慮だ。

だが外出すると今度は体を壊す。体を動かせば動かすほど体が悪くなっていくのだった。この体が壊れていく現象は不可逆で元に戻せない。いちど壊してしまうともう戻らないので僕の行動範囲は日を追うごとに狭くなっていった。慎重に慎重を期して行動していたはずなのにほんのちょっとした無理をするとまた脚が痛み始め動けなくなる。動けなくなると自宅にいざるをえなくなりそうすると鬱の症状が深まる。悪循環のスパイラルだ。

鬱はストレスの根本原因が無くならないと治らない。だが僕が自宅で休息しているだけでそれがストレス原因となる。マンションというものは外界もほとんど見えず音という音もほとんどが遮られる。それがものすごく嫌だった。いつも通い慣れているカフェに行きたかった。だがそれにしても気力も体力もない。なにしろ椅子に数分座っているだけで果てしなく疲れてしまうので寝転がっているしかないのだった。1日をただ空虚に耐えて過ごし夕方になるとなんとそこには何ひとつ意味という意味がなかった。ないように感じられた。鬱か神経の症状かもし片方であればなんとか乗り切れたはずなのにと思った。だが両方がいちどにやってきた。片方が片方の足を引きずり合うのでどうにもこの蟻地獄からは抜け出せないように思えた。

当時は自分が多発性硬化症だということも知らなかったので謎の身体現象をひたすら試行錯誤によって扱おうとしていた。だが日を追うごとに体の症状も悪くなっていった。今までは脚だけに起きていた鈍い感覚が胴体にも起こり始めその感覚は強くなっていった。全身が神経の病に侵されていると思ったし事実そうだった。

だが今僕がこの文章を書いているということは地獄から生き返ったということだ。鬱が回復したのは投薬と時間経過によるものだったと思う。僕は閉鎖環境自体がものすごくストレスフルだと思っていたし事実そうだったのだが時間が経過すると自宅環境への慣れが起こったように思う。そして時間が経過すると鬱の症状は収まっていった。

多発性硬化症は最近日本でも認可された新薬のケシンプタが奇跡的な効果を見せてくれた。医学の成果だ。

ここで僕が感じるのは人生がどうにかなるという感覚ではない。むしろひとつボタンがかけ間違っていれば今でも奈落の底にいたかもしれないというものだ。実際に世の中では自死を遂げる人たちがたくさんいる。僕は何故かその序列に加わらずどうにかこうして生きている。

だが決して何らかの努力や人生観によって人生が救われたわけではない。具体的に僕を救ってくれたのは心療内科の薬であり脳神経内科の新薬というあくまで医学だ。

自分の努力ではどうにも克服できない病の世界を僕は知った。世の中では何事においても気の持ちようが大事だと言う人がいるけれど無理解が過ぎるように思う。努力という努力がまったく通用しない病もこの世界には存在する。努力が通用する病とそうでない病の違いもあるだろう。努力して良くなることが大好きな僕は特に全く努力が無に帰す世界を知って絶望していた。かと言って全てを諦めて受け入れることは家族が許してくれなかった。具体的に言うとそれは元妻なのだが。

だから僕が同じような経験をする人に何かひとつ言葉をかけるとすればこうだ。医学に頼れ、医学を信じよ。無理ならコールドスリープでもして未来の医学に備えなさい。いやいや違う。全ての人に通用する指標なんてあるはずもない。ある人は幸運によって医学に救われある人は救われないかもしれない。僕たちが生きているのもなにかの偶然なのだ。だからどうかあなたにも良い偶然が起こりますように。

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