夏が来た
何の予定もない今日と明日を繰り返す日々だったね、あの夏は。丘の上に建ったレオパレスマンションに住んでいた。西側の坂を下ると中学校があり、少し離れたところに小学校がある。その小学校のグラウンドでは少女と若い女たちが野球をやっていた。「さ、こーい」「さ、こーい」と女たちが掛け声を上げるなか、ピッチャーの少女はなかなかボールを投げない。「あははっ、投げていいんだよ」と笑い声が高い空にひびく。わたしはフェンスの外でそれを眺めていた。しばらくして自転車をこぐ。
教育実習はサンタンたるものだった。教師になる気はもともとなかった、こともないのだけれど。就職活動もうまくいかない。この先どうなるんだろう。青い空を見上げる。むかしも今も、夏の雲はやたらと大きいよね。プールのにおい。セミの鳴く声。川でザリガニ探す子供たち。絵日記の絵のような夏に汗ばむTシャツ。
孤独はいやだね。自分しか見えなくなっちゃうんだもの。卒業論文は家にパソコンとプリンターがあるから、わざわざ大学のパソコン室に行って書く必要はないんだけど、人恋しさに耐えきれなくて。そこには顔見知りの人たちが集まって卒論を書いている。その輪の中に入れずにいるわたしに、「進んでる? 奥さん」と冗談めかして隣の席に座るKさん。自分の名前を伝えるときに「有は有罪の有」って言ってたっけ。いまどうしてるのかな。
小学校の外周を半周した。グラウンドにはいつの間にか少女も若い女たちもいなくなっていた。砂煙が彼女らの残像のように見えた。その奥で彼女らの様子を眺めていたわたしが、今もそこにいた。うつろな目で、ぐったりとしている。亡霊みたい、と思うわたしも、現在のわたしから見たら同じように亡霊だ。川でザリガニを探していた子供たちはすっかり大きくなって、スマートフォンの画面で情報と繋がりを探している。この先彼らにもむかしを懐かしむ時間が増えていくだろう。
誰にも、どの時代にも、夏は来る。アイス食べる。おいしい。