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感覚過敏と時間的な情報処理の過剰-Part 2

画像はScienceNewsより

11月9日に開催された「教えて井手先生!感覚過敏のほんとのところ」(発達障害サポーター'sスクール主催)で、ASDの方の中には高い時間分解能(ごくわずかな時間差の刺激の順序を正確に区別できるということ)をもつ人がおり、この特性が感覚過敏の一因になっているという研究を紹介しました(詳細は末尾にリンクした以前のnoteを参照)。また、短い時間の情報処理での高い分解能によって、長い時間の情報処理ではむしろ分解能が悪くなる可能性があると、村中直人先生(@naoto_muranaka)との対談で述べました。Twitterのフォロワーさんが、このことにつながるイメージを描いてくれました。

どちらも、刺激を受け取った時、高い時間分解能ゆえに、あっという間に刺激の知覚印象が飽和状態になってしまう様子が良く描かれています(和泉さん、あざこさん、ありがとうございます!)。

今回は、短い時間の分解能と、長い時間の分解能について、ASDの方の特徴を報告した研究をいくつか紹介します。

長い時間をカウントするのが苦手

Honma et al. (2019) では、10秒、20秒が経過したと感じたら、ペンタブレットをタップする課題(再生課題)を行いました。ASDの方は、10秒・20秒の条件ともに、実際の時間の平均3分の1程度の短い見積りで再生しました(図1)。経過時間を時計で観察しながら再生する条件では、ASDと定型発達のグループともに、正確な時間で再生を行いました。また、ASDの方では、再生された時間が短ければ短いほど、AQスコア(自閉傾向を評価する質問紙)の”注意の切り替え””コミュニケーション”の項目で得点が高く、こうしたスキルに苦手を感じていることが分かりました。

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図1. Honma et al. (2019) の結果。左が10秒 、右が20秒再生。Test条件が時計を見ずに再生、Feedback条件が時計を見て再生。

Motoyasu Honma, Chihiro Itoi, Akira Midorikawa, Yasuo Terao, Yuri Masaoka et al. (2019) Contraction of distance and duration production in autism spectrum disorder, Scientific Reports, 9, Article number: 8806.

短い刺激と長い刺激の分解能を比べると

Isaksson et al. (2018) では、時間分解能を評価する複数の課題の成績から、短い時間と長い時間の分解能それぞれの特徴を調べました。2つの異なる長さで提示した音の長さを区別する課題(図2)で、刺激の提示時間が1秒以下だと、ASDの方のは定型発達の方に比べて、高い精度で長さを区別できました(つまり、長さがあまり変わらない条件でも正確に区別)。一方、刺激の提示時間が1秒以上だと、ASDと定型発達のグループに差はありませんでした。 

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図2. Isaksson et al. (2018) の実験課題。中央の恐竜の下の四角にスピーカーのイラストが出て、その後左右の恐竜の下の四角に音マークが出る。左右のどちらの音の長さが、中央の音より短かったかを解答する。

Sofia Isaksson, Susanna Salomäki, Jarno Tuominen, Valtteri Arstila,Christine M. Falter-Wagner, Valdas Noreika. (2018) Is there a generalized timing impairment in Autism Spectrum Disordersacross time scales and paradigms. Journal of Psychiatric Research, 99, 111-121.

1秒~10秒の刺激の分解能は低い

Allman et al. (2011) では、視覚刺激の長さの区別を行いました。1秒もしくは4秒の刺激と、1~4秒の長さの刺激を比較し、どちらが長いと感じたかを解答しました。また、2秒もしくは8秒の刺激と、2~8秒の刺激を比較しました。定型発達の方と比べ、ASDの方は長さの区別の精度が低く、正確な判断をするには、比較する2つの刺激の長さの差がより大きい必要がありました

Melissa J. Allman and Iser G. DeLeon, John H. Wearden. (2011) Psychophysical Assessment of Timing in Individuals With Autism. American Journal on Intelectual and Developmental Disabilities, 116(2), 165-178.

短い時間の高い分解能は長い時間の低い分解能に結びつく?

Faler et al. (2011) では、ミリ秒単位の視覚の時間分解能は、ASDの方で向上していることを報告しています。我々の研究(Ide et al. 2019)では、触覚のミリ秒単位の時間分解能については、ASDと定型発達のグループに差が見られませんでしたが、ASDの方のみ、ミリ秒単位の分解能の個人差が感覚過敏の強さと関係していました(つまり、時間分解能が高いほど過敏が強い)。投稿中の論文(Yaguchi et al. submitted)では(INSAR2019で発表済み)、ミリ秒単位の時間分解能が高い人は、時間分解能が低い人より、ごく小さな振動を短時間提示された時でさえ、鋭敏に刺激に気づくことを見いだしています(ただし、ASDと定型発達の両方合わせて)。

以上のことからまとめると、秒以下の短い時間の情報処理は、ASDの方の時間分解能の大きなばらつきが見られる中で、極めて高い分解能をもつ人が含まれると考えられます。また、この短い時間の処理の高い分解能は、刺激を強い知覚印象で受けとることにつながる可能性があります。一方で、長い時間の処理については、多くの研究がASDの方で苦手があることを示しています。

短い時間(1秒以下)での過剰に向上した時間分解能によって、長い時間の刺激(1秒以上)を受け取った際、膨大な処理が累積することで誤差も増し、その結果として長さの区別や、長さを再生をすることに苦手が生じるのではないかと考えています。このイメージが冒頭で取りあげた和泉さんのイメージと合致しているのが分かっていただけるでしょうか。

冒頭で紹介した講演で、村中直人先生(@naoto_muranaka)と対談した際に、こうした時間に関するASDの方の情報処理の特徴が、より長い時間のマネジメントの困難などともつながるのではないかと話題になりましたが、それについてはまた機会がありましたらお話しできたらと思います!

補足

冒頭の和泉さんのイメージと長い時間の処理の分解能の低下について、とても重要なご質問をいただき回答したやりとりがあったので、モーメント化したものを追加します。

参考資料

①このnoteの第一段のIde et al. (2019) の研究を紹介したものです。

②高い時間分解能と感覚過敏との関係について紹介した私の巻頭取材と、長崎大学の岩永隆一郎先生による過敏に対する臨床実践、宇樹義子さんの過敏当時者としての体験談、それらを彩る細尾ちあきさん(NPO法人ぷるすあるは)など、感覚過敏について一般の方が知るのに手に取りやすい雑誌です。

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