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中村喜四郎 無敗の男が敗けた 常井健一

文・常井健一(ノンフィクションライター)

いまから2年前に『無敗の男 中村喜四郎 全告白』という題名のノンフィクションを上梓した。現在、立憲民主党に属する衆院議員の中村喜四郎氏と1年半にわたって対話を重ね、選挙無敗の秘訣に迫った読み物は予想以上の反響を呼んだ。昨年の衆院選では新聞やテレビが中村氏を追いかけ、「無敗の男」という代名詞も数多く引用された。

中村氏は1949年、茨城県猿島郡境町生まれ。日大卒業後に田中角栄事務所に入門した。参院議員だった亡き父の名「喜四郎」を襲名し、76年、衆院旧茨城3区で初当選。自民党竹下派に属し、40歳で初入閣をモノにした。戦後生まれ初の閣僚で、建設族のプリンスとなった中村氏は44歳の時にゼネコン汚職で逮捕され、刑に服した。だが、出所直後の郵政選挙で当選し、政界に復帰。2020年の立民入党まで無所属を貫き、14選を果たした。

中村氏の選挙戦略は、鍛え抜いた肉体と不屈の精神で臨む徹底した戸別訪問と街頭演説が礎にある。鉄の結束を誇る後援会「喜友会」は神社の氏子衆のように地元に根差している。彼らが集結する会合には、政治が今よりも身近にあり、投票率が7割を超えた時代の“祝祭感”が残る。

たとえば、中村氏は選挙戦の間、1日12時間もオートバイにまたがり、赤いジャンパー姿で各集落に現れる。正義の味方の顔で正論を吼え、聴衆全員と握手。真っ白な歯を出し、右腕をき上げ、轟音を立てながら走り去る。その姿は劇画の主人公である。

一方で、中村氏は「大のマスコミ嫌い」として知られてきた。四半世紀の沈黙を解いた私はよく、口説きのコツなるものを尋ねられるが、私の浅知恵が抜き身の男に通用するわけがない。ただ、中村氏とは共通点があった。

私も幼い頃から田舎の選挙の中で育った。県議を8期務めた祖父をはじめ、一族で5人が別々の選挙に挑んでいた時期もある。選挙が近づけば農家の御婦人たちが割烹着姿で炊き出しに励んだ。出陣式で公然と行われていた鏡割りは夏の盆踊りと並ぶ集落の年中行事という感覚で、食いしん坊の私は大人たちの酒盛りに混じり、うまいお刺身にありつけるのが楽しみだった。

老若男女が政治家と同じ釜の飯を食いながら無礼講で語らう。村の祭りのような政治の原風景を、中村氏と私は世代を超えて共有していた。

だが数年前、私は月刊誌の連載で全国各地の地方選挙を旅して歩いた。かつて愛した昭和の景色は完全に過去のものになろうとしていた。

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