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アルカリ化食でがんを防ぐ 和田洋巳

ぶどう、ほうれん草、セロリ……がんの発生メカニズムを逆手にとった食事法/文・和田洋巳(からすま和田クリニック院長京都大学名誉教授)、取材・構成=森省歩

京都大学名誉教授・和田氏

アルカリ化食の提唱者

和田洋巳医師は京大病院(呼吸器外科教授)を退職後の2011年、京都市内に「からすま和田クリニック」を開設した。

以来、和田医師は「アルカリ化食」を中心とする独自のアルカリ化療法によって、標準がん治療では「治らない」とされてきたⅣ期がん(進行がん)の患者を数多く「劇的寛解(標準がん治療ではおよそ考えられない寛解状態が長く続くこと)」に導いてきた。

がんはどのようにして発生、増悪していくのか。そして、日々の食生活は、がんの発生と増悪にどのような影響を及ぼすのか。アルカリ化食の提唱者である和田医師が、これらの分子生物学的メカニズムから導き出した「がんを防ぐ食事術」を語り尽くす。

汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ――。これは古代ギリシャの医学者で「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスが残した至言です。

実は、「がん」もまた、この至言の例外ではあり得ません。分子生物学の知見に従えば、がんは「生活習慣病」にほかならず、がんは「悪い食事」によって作られる、と言っても過言ではないからです。

実際、私のクリニックに駆け込んでくる患者さんにも、食事について共通した傾向が見られます。たとえば、男性の場合は「肉好き」「野菜嫌い」「多飲酒」などの傾向がこれに該当します。さらに、女性の場合はチーズケーキやクリームケーキなどを多食する「甘いもの好き」という著しい傾向も見られます。

では、患者さんに共通するこのような食生活は、がんの発生や増悪にどう関わっているのでしょうか。

肥満は前がん状態

肉好き、多飲酒といった食生活を続けていると、動脈の内皮に中性脂肪やコレステロールなどが付着、蓄積し、動脈の内径が次第に細くなっていきます。すると、固体成分である白血球が狭窄部分で滞り、滞った白血球同士の反応によって、炎症を引き起こすサイトカインが大量に産生され、放出されます。

このような動脈の炎症は、多くの場合、各臓器に張り巡らされている毛細血管網の手前にある細動脈で起こります。そして、慢性化した細動脈炎はやがて臓器へと広がり、臓器もまた慢性炎症状態に陥っていきます。実は、脂質異常症、糖尿病、肥満などの状態は、全身が慢性炎症を起こしているような状態であり、このような慢性炎症状態は「前がん状態」と考えられているのです。

また、動脈の内径が細くなっていくと、酸素を運ぶ固体成分の赤血球も細動脈で滞り、臓器は次第に酸素不足に陥っていきます。しかし、栄養を運ぶ液体成分の血漿は滞らないため、臓器は「栄養は豊富にあるが酸素は欠乏している」という、異常な状態に置かれていきます。

このような状態がなぜ異常かと言えば、通常、細胞は酸素を用いて栄養(ブドウ糖)を生存に必要なエネルギーに変えているからです。したがって、栄養があっても酸素がない状態では、細胞はエネルギーを産み出すことができず、次々と死滅(アポトーシス)していきます。

ところが、臓器の表皮細胞が次々と死滅していくなか、「酸素が欠乏している状態でも栄養をエネルギーに変えることができる能力を持った細胞」が出現してきます。

さらに、このような能力を獲得した細胞の中から「自身の細胞の内側をアルカリ性に保つとともに、自身の細胞の外側を酸性に保つ能力を持った細胞」が出現してきます。実は、この2つの能力を併せ持った細胞こそ、分子生物学で言う「がん細胞」の正体なのです。

要するに、がんを発生させる根本原因は、動脈の内皮にゴミを蓄積させ、慢性炎症を生じさせる食事にある。これが第一のポイントです。

また、このようにして発生したがん細胞は、主に3つの仕組みを駆使して分裂、増殖していきます。

がん細胞が好む環境は?

なかでも注目すべきなのが第一の仕組みで、がん細胞の表面には正常細胞のおよそ10倍にも上る数の「ナトリウム・プロトン交換器」が数多く発現しています。がん細胞はこの交換器(ポンプ)を使って、ナトリウムイオン(塩分を構成するプラスイオン)を細胞内に取り込む一方、プロトン(環境を酸性に傾ける水素イオン)を細胞外に排出します。

その結果、がん細胞の外側の微細環境はがん細胞の生存や増殖に適した酸性に維持されていくのです。

第二の特質は「ブドウ糖輸送器」の存在です。がん細胞の表面には正常細胞のおよそ40倍にも上る数のブドウ糖輸送器が発現しており、がん細胞はこの輸送器を駆使して周辺の血管網からブドウ糖を次々と取り込みます。そして、取り込まれたブドウ糖はがん細胞の生存に不可欠なエネルギー源として、また、がん細胞が分裂、増殖していく際の細胞壁や細胞核などを形成するための原料として利用されていくのです。

第三の特質は「IGF-1(インスリン様成長因子)」と呼ばれる成長促進物質の働きです。IGF-1は主に肝臓で作られるホルモンの一種ですが、正常細胞だけではなく、がん細胞の分裂や増殖をも著しく促進する作用を持っています。そして、このIGF-1は牛乳をはじめとする乳製品に大量に含まれています。たとえば、仔牛が乳を飲んで短期間にみるみる成長していくのもIGF-1のなせる業なのです。

要するに、塩分や糖分(糖質)の過剰摂取、そして乳製品の大量摂取は、がん細胞の増殖を著しく促進する。これが第二のポイントです。

しかも、第一のポイントと第二のポイントは連続しています。

悪い食事によってがん細胞が誕生したとしても、多くの場合、免疫細胞によって次々と退治されていきます。ところが、なおも悪い食事を続けていると、がん細胞は免疫システムをついに突破して、分裂と増殖のプロセスに突入していきます。つまり、がんの増殖を抑制する食事は、「がんを防ぐ食事」に多くの部分で重なると言えるのです。

では、がんを防ぐ食事とは、どのような食事でしょうか。

まず考えられるのは、がんの発生や増悪のメカニズムを“逆手”に取った食事です。つまり、これまでに述べた仕組みで言えば、動脈の内皮に中性脂肪やコレステロールなどを付着、蓄積させない食事、塩分を控えめにしてがん細胞周辺の微細環境の酸性化を防ぐ食事、糖分や乳製品の摂取を控えめにした食事などがこれに該当しますが、なかでも重要なのが「アルカリ化食」です。

ただし、クリニックを開設した当初は、私の頭の中にアルカリ化食という概念も言葉も全く存在しませんでした。ところが、がん細胞の特性を逆手に取る食事のあり方を模索していく中で、尿のpH値(水素イオン濃度)が7(中性)を超えてアルカリ性を示している患者さんで劇的寛解例が続出している、という事実が明らかになってきたのです。

がん細胞の外側の微細環境のpHを測定する方法は今なお存在せず、尿pHが微細環境のpHを反映する唯一の指標と考えられています。また、がん細胞の内側を酸性に保つことで外側を酸性にさせない方法も、現時点では存在しません。そこで、尿pH値をモニタリングしながら、がん細胞の外側の微細環境をアルカリ性に変えていくアルカリ化食が考案されるに至ったのです。

アルカリ性の食材ベスト17

アルカリ化に傾けるブドウ

そのアルカリ化食は塩分を控えめにする食事だけではありません。実は、およそすべての食品や飲料は、体内環境をアルカリ性に傾けるか、逆に酸性に傾けるかの、いずれかの性質を持っています。つまり、日々の食事で口にする食品や飲料によっても、体内環境はアルカリ性に傾いたり酸性に傾いたりするのです。

そこでご覧いただきたいのが次にある食品・飲料リストです。

この表はドイツの栄養学の専門家らが1995年に論文として発表した研究報告からピックアップしたもので、体内環境を「アルカリ性」に傾ける食品や飲料を影響指数(尿pHに与える変化の割合)の高い順に並べた一覧表です。指数は食品や飲料を100グラム摂取した場合の変化の割合を示していますが、この表からも明らかなように、体内環境をアルカリ性に傾ける食品は「野菜類」と「果物類」にほぼ限られています。

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