渡辺えり(劇作家・俳優)×有働由美子「勘三郎さんが語った三つの夢」
news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、劇作家・俳優の渡辺えりさんです。
渡辺さん(右)と有働キャスター(左)
衣装協力:ヨシエ イナバ TEL03ー6861ー7678
勘三郎に遠慮なくダメ出し
有働 渡辺さんと最初にお会いしたのはニューヨークでしたね。2007年、平成中村座ニューヨーク公演を取材させていただいた後のお食事会で。
渡辺 (18代目中村)勘三郎さんから紹介されて、初めてお話ししたんですよね。
有働 あの舞台のためだけに、ニューヨークまで駆けつけた渡辺さんの心意気が印象に残っています。
渡辺 昔から約束していたんですよ。1987年に放送されたNHKのドラマ『ばら色の人生』で勘三郎さんと初共演した時、お互いまだ30代前半でしたけど、彼が3つの夢を語ったんです。
有働 3つの夢ですか?
渡辺 1つ目は、いつかニューヨーク公演をするということ。2つ目は、歌舞伎に歌舞伎俳優以外の役者も出すということ。3つ目が、唐十郎さんのように自分も歌舞伎を移動式のテント劇場でやるんだということ。この3つの夢を、勘三郎さんは57歳で亡くなるまでに全部叶えたんです。
有働 夢が現実になるのを渡辺さんは見届けたんですね。そもそもお二人はなぜ、夢を語り合うほど意気投合したんですか。
渡辺 勘三郎さんがうち(劇団3◯◯)の芝居を見に来て「本当に面白い」と宣伝してくれて、歌舞伎役者がたくさん来てくれたんです。それで「いつかこういう芝居をしたいね」と、意気投合したということですね。
有働 他にはどんなお話を?
渡辺 勘三郎さん……当時は勘九郎さんでしたけど、歌舞伎はほとんど毎月舞台があるので、お金がない私は大変だろうとパイプ椅子を出して招待してくれた。毎回「どうだった?」と聞いてくるから、同い年だし遠慮せず「あの台詞は嘘っぽかった」なんてダメ出ししちゃって、すると真面目に考え込みすぐに演技を変えてくれていました。
有働 渡辺さんの言葉を素直にお聞きになったんですか。
渡辺 そう。私は普通の役者友達の感覚で、うるさいことを言っていたんです。逆に私の芝居を見に来てくれた時には色々と助言をくれました。それに歌舞伎に限らず、役者が古典や現代劇、小劇場といったジャンルを超えて舞台に立つべきとは私も感じていたし、自ら実行もしてきました。
作・演出・キャストを務めた舞台『私の恋人beyond』が公演中
撮影:横田敦史
岡本太郎さんのおなら
有働 渡辺さんはもともと舞台俳優であり、1983年には岸田國士戯曲賞を受賞した劇作家でもありますが、テレビ出演はNHKの『おしん』(1983年)からだとか。
渡辺 私は小劇場の人間がテレビに出るはしりだったんです。その頃はまだ、舞台の人がテレビに出ることは「身を売ることだ」と批判されるような時代でした。ただ、たまたま劇団が1年休みの時に出演して。
有働 やっぱり「テレビなんかに出やがって」と言われましたか。
渡辺 言われましたけど、実際出てみたら面白かった。それを見ていた久世光彦さんが声をかけてくれてまたテレビに出て、さらに縁が繋がっていって。『ばら色の人生』にはあの岡本太郎さんも出ていました。
有働 えっ、芸術家の!?
渡辺 そうそう。岡本さんは病人役で、私が介護する役で。撮影中に岡本さんが急におならをして、どう反応していいか困ったのを今でも覚えてる(笑)。勘三郎さんの次男の七之助も子役で出ました。撮影の後には勘三郎さんの家に行ってはご飯を御馳走になったり、歌舞伎にも招待してもらったり、いつの間にか大親友になっちゃった。
中村勘三郎
「おれたち一生親友だよな」
有働 大親友から見て、勘三郎さんのすごさはどこにありましたか。
渡辺 歌舞伎役者としてはもちろん、プロデューサーとしてのセンスが抜群でした。毎年、商業演劇を企画して、脚本家から出演者まですべて自分で決めるんです。本番中も、主役をやりながら、裾からずっと他人の芝居を見ているんですよ。
有働 面白い芝居を作ろうとする情熱が並大抵ではないんですね。
渡辺 いい意味で狂っているというか。普通、主役って、自分が目立とうとして相手役を目立たせない位置に立つ人とかが多いですね。誰とは言えないけど(笑)。
有働 聞きたいな(笑)。
渡辺 目立とうとする主役は、舞台の後方にどんどん下がっていく。すると、主役と対峙する他の役者は後ろ向きの姿勢になるんですよ。わかります?
有働 主役の顔だけがお客さんに見えるようになりますね。
渡辺 そういう役者ってわりと多いんです。でも、真に優れた主役は逆に前に出て、自分が後ろ向きになる。そうすると相手役の表情が際立つ。相手役のリアクションで、背中で顔が見えなくても役が映えてくるんですね。
有働 たしかに。
渡辺 勘三郎さんはその位置取りが絶妙でした。舞台はすべての役者が生きないと主役も生きない。そうした考えを、小さな頃から身をもって学んできたんでしょうね。
有働 根っからの役者というか、演劇好きだったんですね。
渡辺 一方で、私たち小劇場の役者が羨ましいといつも言っていました。勘三郎さんは役者の道を自ら選んだわけではないし、アルバイトもしたことがないと。私たちは芝居をやるためにアルバイトをして10円単位で工面してきた。そんな話を聞くのが好きでしたね。
有働 本当に気が合った大切な友達だったんですね。
渡辺 生前「おれたち一生親友だよな」と10年に1度ぐらい、計3回確かめられました。仕事の付き合いじゃない、損得のない親友が必要だと思ったのかな?
有働 もし勘三郎さんと出会っていなければ、ご自身はどう変わっていたと思いますか。
渡辺 まず、商業演劇をやっていなかったかもしれません。昨年出演し、評判が良くて来年もやる松竹の舞台『老後の資金がありません』もやることなく、小劇場の舞台を中心にやっていたと思います。
先輩が全員小学生
有働 本当に大きな出会いだったんですね。商業演劇やテレビ、映画など出演なさって、どれが好きというのはありますか?
渡辺 自分が作る演劇が軸としてありますが、高校生の時から映画監督にあこがれていて、もっと映画に出たかったんです。でも映画は何カ月もスケジュールを押さえられる。舞台の本番と重なりほとんど断っていました。今思えば、黒澤明監督の『夢』も、今村昌平監督の『黒い雨』も残念ながら断っているんです。
有働 巨匠からのオファーを!
渡辺 今となってはどんな役だったかはわからないですけどね。ただ当時テレビドラマは、シリアスな美人の役ばかりだったんですよ。痩せていたし(笑)。でも、劇団の公演がない時に受けたドラマの役が愉快な役で、その当時監督が好きだったので受けた映画が『Shall we ダンス?』(1996年)だったんです。
有働 大ヒットしましたよね。
渡辺 あれ、図々しくて面白いオバサンの役じゃないですか。あれ以降、個性的なオバサンの役が多いですね。
有働 それほどの影響力が。
渡辺 それで2時間ドラマの主演の話が来るようになって。だから人生ってどこでどうなるかわからないものですね。
有働 私は演劇に詳しくないんですが、商業演劇というか所謂アイドルが中心になるようなものと、小劇場の舞台だと、たくさんの人に見てもらうためにせっかく作るなら商業演劇を……と普通は考えそうな気がします。
渡辺 まず内容が違うんですよ。前者は誰にでもわかりやすい。でも後者の私たちがやっているようなものは、どちらかというとアート寄りで難解な芝居と言われます。
有働 そうですね。
渡辺 小劇場の舞台は無名の新人や若手を育てる場でもあります。スターだけが演じるとなると、業界が先細っちゃいますよね。舞台は体験しないとうまくならないんです。歌舞伎役者がみんな本当にうまくなっていくのは、幼少の頃からずっと毎日続けているからだと思うんです。それで言うと私、高校生になってからバレエを習ったんですけど、先輩が全員小学生だったんです。
有働 ほう。
渡辺 発表会で『白鳥の湖』の群舞を見た同級生たちが、小学生に囲まれる私の姿を見て、椅子から転げ落ちて笑っているわけ。経験豊富な小学生と、習い始めたばかりの高校生が同じ衣装を着て踊っているんだから、おかしかったと思うよ。
有働 映画になりそう(笑)。
渡辺 話を戻すと、小劇場の役者がお金がないから1年に1回しかできませんとなると、成長する機会がないんです。だから国からの助成金が必要ですし、そうでないと日本の演劇界にわかりやすい芝居しか存在しなくなる。それだとバランスが悪いんですよ。
有働 バランス?
渡辺 たとえば今のロシア国内では、情報操作されて「ロシアは痛めつけられているんだからウクライナを爆撃しても当然だ」と大半の人が思っちゃうわけでしょう。だけど、いろんな芝居や芸術に触れている人なら「待てよ、これは一方向からの見方かもしれない」と頭が働くじゃないですか。そういう意味で様々なジャンルの芝居やアートがあって、わかりやすいものもわかりにくいものもあるというふうにしないと、世の中のバランスが悪くなる。
有働 お客さんが入るものばかりがいいとは言えないわけですね。
渡辺 できるだけ多くの人がいろんな種類の芝居をやるということが、演劇の面白さだと思いますね。
資本主義に呑まれた発想
有働 渡辺さんがテレビや映画に出て有名になっても、興行収入が見込めなくても小劇場でのお芝居を続けるのは、そういう価値観の多様性を伝えたいからですか。
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