ゼレンスキー「道化と愛国」 岡部芳彦
巧みな情報戦略で世界を感電させた男の実像。/文・岡部芳彦(神戸学院大学経済学部教授)
ゼレンスキーに面会した筆者
ロシアの侵略に対し、ウクライナ軍が専門家の予想を上回る善戦を見せています。抵抗の中心にいるのが、就任3年目の大統領、ヴォロディミル・ゼレンスキー(44)です。
ゼレンスキーのファーストネームをロシア語にすると「ウラジーミル」。そう、仇敵であるロシアのプーチン大統領と同じです。奇しくも同じ名を持つ2人は、大衆に強い発信力を持つという点でも似ています。
上半身裸で乗馬したり虎を撫でるなど、プーチンは「強い男」としてのアピールを好み、「脅し」が得意です。そして今、ナチスドイツとの戦いになぞらえて、ウクライナのネオナチによるロシア系住民への虐殺を止めるのだ、と主張しています。
一方、喜劇役者から大統領に転じたゼレンスキーも、大衆の心を掴むパフォーマンスが持ち味ですが、特徴はじつに対照的です。
1日に何度もツイッターやインスタグラムを更新し、軍人用Tシャツに無精髭のありのままの姿でのセルフィー(自撮り)動画で健在をアピール。さらに各国議会でオンラインでスピーチ。しかも、米国向けにはキング牧師の演説を、英国向けにはチャーチルの演説の一節を引用するなど、受け手がどんな言葉に反応するかを巧みに計算しています。その劇的な発信によってウクライナへの支援は進みました。「脅し」でなく「共感力」を武器にしているのです。
祖国を救う英雄か、世界を第3次大戦に引きずり込むポピュリストか——ゼレンスキーとは一体、どんな人物なのでしょうか。
長年、ウクライナと日本の交流に汗をかいてきた私は、焦点の東部地区にも16回足を運んだほか、ゼレンスキーにも2度、面会したことがあります。この戦争の未来図を考える上で鍵となる彼の人物像について、お話ししたいと思います。
おなじみのミリタリーシャツ姿
瞬時に人の心を掴める
〈住み慣れた故郷に戻りたい気持ちが日本の皆さんにもきっとお分かりだと思います〉
3月23日、日本の国会議員を前に行ったゼレンスキーの12分間の演説の巧みさを1つだけ挙げるとすれば、この一文です。欧米の議会やNATOで行った挑発的なものとは趣が異なり、日本人向けの控え目なトーンでした。
とくに印象的だったのは、「メタファー(隠喩)」を使った表現です。「故郷」の言葉に、ロシアに絡め「北方領土」を思い浮かべる人もいれば、「シベリア抑留」と思う人もいる。あるいは「津波」という言葉と合わせ、福島原発事故の避難者をも想像させる。あえて抽象的な言葉を用いることで、幅広い日本人に共感してもらえる可能性が開ける。そんな「行間を読み取らせる演説」になっていたのです。
練られた発信の背景に、広告代理店の関与を疑う向きもありますが、私はそうは思いません。戦争前から、ゼレンスキーの情報発信は飛びぬけて面白かったからです。
大統領自らロシア系武装勢力との紛争最前線に降り立つ動画を見たことがあります。輸送機への搭乗、防弾チョッキの装着、現場到着という場面ごとにタイムスタンプが画面端に表示され、まるでアメリカのドラマ「24」を見ているようなスリル。
予定調和ではなく、行き着いた先の地元住民のお宅をノックして、「泊めてくれ」と切り出すことも。住民の素振りからして、とてもやらせとは思えないものでした。その場の雰囲気で一瞬にして人の心をつかむ術に、長けているのです。
私自身も、似たような体験をしています。毎年秋にウクライナで開かれている有識者会議「ヤルタ・ヨーロッパ戦略会議」に2019年に出席した時のこと。記念撮影の際、大統領に就任して間もないゼレンスキー夫妻が、ちょうど私の真ん前に立ったのです。思い切って彼の肩を叩いて記念撮影をお願いしました。生まれて初めての自撮りにまごつく私を見て彼は笑い、デジタルカメラを手にシャッターを押してくれました。妻オレナさんはその美貌からは意外なほど、ソフトな印象です。
岡部教授とゼレンスキー大統領
©岡部芳彦
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