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法事は命日を過ぎても大丈夫?

大丈夫です。

心の狭いお寺さんがもしもいたら怒るかもしれませんが、普通はそんなことはなく、受けてくれるでしょう。正太寺でも当然。命日の前後一ヶ月くらいのなかで予定の合う日を探すと良いと思いますよ。

正太寺のお檀家さんも、やっぱり命日になるべく近く、でも命日よりは前にというタイミングを希望されます。こちらも相談を受けた際にわざわざ後ろにずれても良いよとまでは言いません。

が。

話をしながら必要であれば、そのようにアドバイスしています。

仏様に対してというより、親戚に対して、命日を忘れていないよというアピールの面が強いですね。つまりは、親戚の人によっては、そこをやけに気にして言ってくる人がいる、かもしれないという恐れへの対処ですね。

仏様は命日を過ぎていても怒りません。怒るんだったら一日ずれただけで怒るでしょう。

数年に一度の法事です。そのスパンで考えたら、「なるべく命日の近くで」という考え方は、命日の前後一ヶ月ぐらいを意味すると捉えて何も問題ないのです。

一方、現実問題として、親戚の方に命日を過ぎていることを何か言わる可能性は残ります。その際は、お寺さんと相談してこの日になった、と伝えれば十分でしょう。それでも何か言ってきたら、何か言いたいだけの人です。スルーしましょう。スルー出来なかったら、お寺さんに相談しましょう。

正太寺のお檀家さんでなくとも私に相談してもらって全然かまいませんし歓迎しますが、この件については私の発言がお役に立てるかはちょっと分からないですね。菩提寺の和尚さんの言葉の方が重みがあるのは間違い無いです。

というわけで、何かのマナー本やネットの情報に頼るのも否定しませんが、お寺の和尚さんはみなさんにとって良き相談相手であるということを、どうか、どうか忘れないでいてください。法事のことで悩まれてしまったら、お寺として布教に失敗していることになります。そうした悩み事から救い出すのがお寺の、僧侶の役割です。

ぜひぜひ、和尚に相談してください。喜ばれますよ。それが顔に出るかどうかは人それぞれですけれど、和尚はみんな、頼られるの大好きです。

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