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『Breed』 vol.1 【小説】

僕ってチョロい、らしい。真奈に言わせると。

「だって、ヨウスケ、自分で決めないし、放っ
 とくと、勝手に自分責めるし。真奈が、良い
 女だから、騙されずに済んでるんだよ!」

真奈は、自分のことを名前で呼ぶ。

彼女の父親は、浮気して子どもをつくり、中学生だった真奈と、母親を残して家を出た。
パパ、浮気とか、まじキモッ、本気なら応援できたのに…、と言う。

「パパも、たまに会うと、自分を責めてばっか
 り。けど、結局、どっちか決められないんだ
 よ、新しい奥さんか、ママと真奈か、も」

ほんとサイテー、大人なら、本気出せよ、と口を尖らせて、ストロベリーシェイクを、ストローで思い切り吸い込む。

チョコパイとシェイクの組み合わせは、僕からしたら、コーヒー十杯くらい飲まないと、絶対無理だ。だが真奈は、大のお気に入りで、毎年、この時期、あぁ生まれて来て良かったーっと思うらしい。

僕はこの頃、受験勉強で、バイトもろくに出来てないから、出費は正直キツい。でも、チーズバーガー一個でも、真奈と過ごせるのは嬉しい。

模試の帰りに、予備校近くのマックで待ち合わせ、お互いに自己採点をした。デートとはいえ、ふたりとも、真面目な受験生だ。
僕は、進学するなら、国公立大に行く必要がある。母はがんを患い、ここ数年、通院しながら、働いていた。



僕は父親を知らない。母曰く、父はいつも、ここではないどこかを探してるような人で、この家庭は仮だ、という感覚に、つきまとわれていたらしい。
母が、僕を身籠ったと告げたとき、父の第一声は、

「まぁ〜、増殖しちゃって」

だったそうだ。家を持つとか、犬を飼うとか、観葉植物を育てることさえ、どこか怖がってる風だった、と。

Get away, get away, from your home
I'm afraid, I'm afraid…, ghost

『Breed』Nirvana


でも母は、僕を産んだ。十六で。

ニルヴァーナが東京に来たとき、今はもう無くなった中野サンプラザで、本物のカートを見て、ライブが終わっても、大声で泣きじゃくってた、女の子がいた。たまたま隣の席にいた、男が抱きしめた。それが僕の、母と父。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/3jhXPqmG7XXebz1ZjecpDF?si=23d3dfacd6434db6


増殖しちゃって、の言い方に、母は気が抜けてしまったそうだ。あまりにも、父らしくて。
そういうところが、好きだったのかもね、と言って笑った。

僕たち母子は、ときおり親戚に蔑まれたり、"不幸"と呼ばれたりしたけれど、当の僕たちは、けっこう楽しくやってきたのかもしれない。
真奈が、僕の家に来たとき、良いなぁ~と羨ましがった。ヨウスケはチョロいけど、ヨウスケママはカッコいい、と言う。
ふたりは、なぜか、仲良しだ。

実は、僕は、少しだけ父の気持ちが、分かる。もしも今、真奈が、僕に、妊娠したと言ったら、僕もまず、自分なんかが増殖、まぁ増えちゃっていいのか、と思うだろう。 
 


通っている高校の、養護教諭である、丸山先生は、他のマジメな教職員や、生徒たちをよそに、かなり、ぶっ飛んでいる。

バイトと試験勉強に追われ、弁当を持っていけなかった日に、腹が減って倒れそうになり、保健室に行くと、

「うちは、食堂じゃないよ」

と、さも迷惑そうな顔をして、先生の虎の子の、カップヌードルをご馳走してくれた。まあ、ゆっくりしていきな、と言いながら、

「いいかい、きみたち。高校の必修科目はね、
 実用的な栄養学、美しい母国語と、使える外
 国語、車の運転、それから、愛に満ちた性教
 育、だけで、じゅうぶん。あたしは、常々、
 そう思ってる」

勉強もバイトも、テキトーにやんな、倒れるまでやっちゃダメ、と注意した。

そのとき、先生は、僕と、心配して付いてきた真奈に、学会(何の学会だ?)でたくさん貰った、とかいうコンドームをくれた。僕も彼女も、気の利いた生徒(これも、丸山先生の言葉)だったから、そのことを、学校の誰かに、知られることもなかった。
 
 
だから。

真奈から、できちゃったみたい、と聞いたとき、僕は本当に、なんとも言えず、マヌケな顔をしていたと思う。
 
だから、え? なんで⁇??
 

この夏、真奈は、自分の家に帰りたがらず、僕の部屋で過ごすことが多かった。
 
父親が家を出て以来、母親は、真奈に、いつも過干渉だったのだが、受験生になって、それが加速しているらしい。
 
「大事にしてもらって、ありがたいけど、真奈
 が、ちょっと体調悪いとか、模試の結果が悪
 いとか言うと、すごい心配して・・・。こな
 いだなんか、白い服着た知らないおばさん呼
 んできて、頭撫でてもらった。
 合格祈願、とか言って」
 
真奈の話は、深刻でも、どこかおかしくて、僕は思わず、吹き出してしまう。たしかに、それはキツイな。
 
うちの母は、外で仕事して、好きな人もいたから、

「あんたたち、色々、ちゃんとしなさいよ」

と言いながら、真奈が泊まることも、大目に見ていたのだと思う。
 
 
・・・そう、ちゃんと、してたんだけど、なぁ。
 
 


(続)


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