『Breed』 vol.2 【小説】
僕は、進学を見送り、とにかく働くことにした。
よくつるんでた友だちが、高三の秋に死んだ。そいつが、僕が高校辞めるって決めたとき、言ってくれたんだ。
「おまえは、生きろ。彼女と子どもと、おまえ
なら、幸せになれる」
大学なら、また行ける、生きていれば。
そう思った。
母は、僕らの赤ん坊の顔を見る前に、亡くなった。残念がっていたけど、最期は、すっきりした顔をしてた。わたしの、生まれ変わりかもよ、頼んだわね…
母は、父と別れ、僕を育て、がんと闘い、最期まで、人を愛して死んでいった。
本気は、浮気とは違う、は、真奈の持論だ。
本気はどこか、イタいのかもしれないと、僕は思う。
真奈の父親は、浮気だから、イタいわけじゃない。ある意味スマートに、若い女性とセックスして、家庭の外に子どもを作って、真奈を養育しながら、新しい家族と暮らした。
母は、人生というステージで、ひたすら目の前の人を愛し、慈しみ、あの日あのとき、子ども(僕のことだ)を産んだ。
そして、どんなに手が届かない人でも、最期まで、母は愛し切った。
好きな人が、倒れても、ケガをしても、駆け付けられないなんて、そんなの、いいとこどりの綺麗ごとだ。僕が、そう言ったら、母は、少しだけ、悲しそうな顔をした。
「ヨウちゃん、キビしいなぁ…でも、正論ね。
わたしは、彼が、嵐の中ギターを弾い
て、雷に打たれてホラーマンみたいに黒焦げ
になっても、スウィニートッドの床屋で、喉
を掻っ切られて、ミートパイにされても、助
けることは出来ない。
ひどい、女よね・・・」
いつもの母だ。
まったく、僕の両親ときたら、イタいのを通り越して、バカバカしくて、やってられない。
「でもね、ヨウちゃん、わたしは、諦めるよ
り、熟れきることを、選んだの・・・」
いい大人が、叶わぬ恋に本気になるのは、グロテスクで、深刻な症状ですと、よくあるネットの人生相談なんかでも、立派な先生が回答してる。
でも、と真奈が言う。
袖触り合うも他生の縁、じゃない?
真奈の妊娠が、明るみになったとき、周囲は皆、丸山先生と、僕の母を、悪い大人だと、非難した。
丸山先生は、言わなきゃいいのに、わたし、コンドーム渡したんですけどねぇ、と職員会議で発言して、大騒ぎになった。
十六歳だった母は、僕を産まないなんて、考えられなかったという。
それは今も、すこしも変わらないと、母は言った。
学校や、真奈の両親が、新しい命や真奈の将来を、「考慮した正しい処置」を、振りつけてくる中で、丸山先生や母の言動は、誠に、不謹慎で、無責任なことに映るだろう。
…だけど、正しいって、なんだろう。
死んだ友だちが、言ってた。
「学校には、正しい人間がいっぱいいて、僕た
ちに、正しくあれ強くあれと、迫る」
僕は、やっと気づいたんだ。
決めるのは、自分だ。
なにが正しいのか、いや、分からなくても、どうするのか、しないのか、決めるのは僕だ。
何度見てもやられちゃう、と母が言ってた、1993年シアトルでの『Breed』。 繰り返し、she saidって叫んできて、最後にマイクに向かって、優しくキスするみたいに …, goodって歌う、カート。
そう、ここまで、ごちゃごちゃ語ってきたけど、とにかく最後に、she said, …good.
僕は、決めたんだ。
幸せに、なるしかねえ。
だからもう、十分だろ?
https://youtu.be/xdTa6BiGXO0?si=PkoNj5NasEA97k_J
(了)
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