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千の風になっていてほしい
父の四十七日に書いていたものが出てきたので読み直してみたりして、ついでにここに。
「千の風になって」って歌が、こんなにも心にくるとは思わずに生きてきたのですが、今は本当にあの歌詞の通りであってほしいと願うのだから不思議です。
祈り届くなら安らかな場所にいてよ、と。←これは星野源の歌詞ですけども。
父はどこにいるのかしら?と、ヒマがあれば思うんですけど、父は行方不明なわけではありません。
49日前に、大きな息を何度もして、鼓動は徐々に弱まりやがて止まり、父は逝きました。いや、どこへ?…って話なんですけど。ある意味、行方は不明か。
一緒にいられたのは41年。一緒に暮らしたのは24年でした、思えば短い。
あれから3年が過ぎました。
父が亡くなって1年くらい、泣こうと思ったらどこでも泣ける小公女セーラ状態。
でもそれは特別なことではない。
身内を失うという体験は家族を持つ、いや血の繋がりだけではなく大切に思う人がいる分だけみんな体験する。
このつらさはわたしだけの悲劇ではない
そう思いながら毎日を過ごしました。いまも過ごしている、か。
本当にバカバカしい話だけれど、父がいなくなってからの方が父のことを考える時間が多いという。バカバカしいというかバカですね。
父のことでよく思い出すのは
耳もちゃんと洗わないとモテないぞ!嫁に行けないぞ!
って冗談をお風呂で言われたこと。
おもしろくもなければ意味もわからないが、あれからわたしずっと耳はちゃんと洗ってるの。
まあ嫁には行ってないけど?
見守らなくていいから、どうか千の風になってあの大きな空を吹き渡っていてください。
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