「没入」体験について思うこと

過去のnoteにも記事をあげたが、2023年の夏は「イマーシブミュージアム」に連続して行った。当時は「イマーシブ」というワードが世間で話題になっていることも知らなかったし、アートや映像体験が進化してきていることを実感した、つもりだった。

イマーシブはなんかかっこいい映像体験に、今は生成AIブームでイマーシブは落ち着いた、と勝手に自己完結していた。が、あれから個人的に色々と勉強し、実際のところ「イマーシブ」の本質はもっと違うところにあるのでは…?と思い始めているので、現段階のインプットや自分の考えをここで整理しておこうと思う。

メディア・コンテンツのあり方の変化


「株式会社刀」が、2024年3月にイマーシブテーマパークを開業させる。このニュースを聞いた当時の自分の「イマーシブ」に対する認識は上記のとおりで「今、常設で、イマーシブ?」と思った。

刀のプレスリリースには従来のテーマパークとイマーシブテーマパークの違いを3つにまとめており、これを読むと単に流行にのっただけではなく、メディア・コンテンツの大きなあり方の変化をとらえ、その変化をもとに新たな体験を提供する手段として「イマーシブ」を選択したのだと感じた。

以下が刀のプレスリリースからの抜粋である。

1. 突き抜けた当事者性 : 傍観者、第三者ではなく当事者として体験そのものに関与・行動する
2. 百人百様の個別体験 : みんな画一的な体験でなく、参加者それぞれが毎回自分だけの体験をする
3. Live Intensity(ライブ感の圧倒的な強さ):生の体験ならではの、強烈に揺さぶられる感情が強い没入感を生む

プレスリリース

また、Vtuberグループ「にじさんじ」を展開するANYCOLORの2023年4月期決算の資料のなかに、コンテンツやメディアの変化をまとめた資料がある。

ANYCOLOR株式会社2023年4月期決算資料

現在のメディア業界では、日本のアニメコンテンツ市場に対して非常に大きなパラダイムシフトが起きています。これは、2つの大きな顧客ニーズが変化していることが要因だと推測しています。

1つ目は、一方向で非同期的なコンテンツ・メディアの形態から、リアルタイムで双方向にコミュニケーションが取れるコンテンツ・メディアへの変化です。2つ目は、画一的でプロフェッショナルなコンテンツ・メディアから、UGC(User Generated Content/一般ユーザーによって作られたコンテンツ)でユーザーの多種多様なニーズに応えられるコンテンツ・メディアへの変化です。

ANYCOLOR株式会社2023年4月期決算資料

刀もANYCOLORのどちらも、コンテンツが提供者から視聴者へ一方的に提供されるものではなく、提供者と視聴者がともにつくり体験するものへと変化していることを述べている。facebookやYoutube、instagramといったサービスは著名な作家だけではなく一般人からクリエイターを生んだ。それでもまだ一方向な発信だったが、提供者と視聴者という境界が曖昧になり、ともに体験をつくりあげるようになってきている、ということだと思う。

2023年に話題になった「友達がやってるカフェ」は、コンセプトカフェとはまた違ったカフェで、役者やモデルなどエンタメ業界で活躍するスタッフたちが客を「友達」として接客してくれるカフェ/バーである。「自分にも『友達がやってるカフェが近くにあるんだよね』と言ってみたかった」がコンセプトとしてスタートしたそう。このカフェはつまり、スタッフと客がともに「友達」という関係を演じるイマーシブシアターならぬ「イマーシブカフェ」である。

イマーシブシアターとは、本場ニューヨークをはじめ世界中で旋風を巻き起こしている最先端の没入型エンターテイメント形態。
客席から舞台を鑑賞するという概念を取り払い、観客自身が物語の登場人物・当事者として演出に巻き込まれ、さらに参加者ごとに百人百様の個別体験を特徴とすることで、一般的な演劇やショーと次元の違う、物語にのめり込む没入体験ができます。

https://www.seibu-leisure.co.jp/amusementpark/immersive_show.html

「友達がやってるカフェ」はこの「イマーシブ」を主語にせず、提供したい体験価値を伝えることに成功している。イマーシブはあくまで手段であり、それを主語にするとマスには浸透しないのだと思う。

「自分」以外を演じたい欲求

デジタルアバターとリアルの自分

DAUが7000万人を超えるゲームプラットフォーム「Roblox」は2021年の記事で「ユーザーの5分の1が毎日アバターを着替えている」と伝えている。

https://blog.roblox.com/2022/01/year-roblox-2021-data/

2023年の調査ではこれがさらに進化し、デジタルアバターでの自己表現の重要度がより高まっているように見える。

Roblox(ロブロックス)のようなプラットフォームで活動しているアメリカとイギリスのZ世代の1,500人以上を対象とした今年の調査*では、56%が、「アバターのコーディネートのほうがリアルの世界で着飾るよりも 重要」と答えています。 また、22~ 26歳の年齢層の高いZ世代では、 64%が「どちらかを選ぶとしたら、リアルの世界で着飾るよりもアバターを着飾ることの方が重要」と答えています。

Roblox

デジタルアバターの中には「写実的にいかに自分に似せるか」を価値に置くものもあるが、Robloxのアバターの多くはLEGOに似たもので、極度にデフォルメされている。Roblox以外のゲームのアバターもほとんどがデフォルメされており、ユーザーは「デフォルメされたなかでいかに自分に似せるか、自分を表現するか」を楽しんでいるのだと思う。

また、Z世代はSNSで複数のアカウントを使い分けている。「リア垢」「裏垢」「オタ垢」など話題によってアカウントを使い分け、公開するユーザーも管理している。複数のコミュニティに属し、それぞれに「顔」を持つ。メタバースサービスが浸透すると、その「顔」の数だけアバターが必要になるだろうし、これまで以上にさまざまな自分を使い分けることができるようになるだろう。

メディアの進化

メディアの進化で、ただ平面の画面を見るという体験から、その中に入り込んだ、そばにいるような体験ができるようになってきている。

ドーム型劇場「Sphere」

U2の柿落とし公演で話題になったラスベガスの「Sphere」は球形の劇場で、中も外も高精細のLEDで覆われている。16万7000個のスピーカーが設置されており、風を感じたり温度を変えることができるそうで、体全身で公園を体感することができる。

James Dolanは、「この会場のサウンドは、ミュージシャンのために作られている。ミュージシャンが、コンサート会場でしたいことは、観客と一体となること。そして、そのために作ったサウンドを観客に聴いてもらいたいと思っている。この会場以上にミュージシャンの意図したサウンドを観客に届けられる会場は世界にない」と語っている。

https://rockinon.com/blog/nakamura/207674

音の距離で感じる「存在感」

JR東海とhololiveのコラボ企画で実施された「hololiveほろーかる京都編」はVtuberの限定ボイスが体験できるが、この収録には立体音響「Re:Sense™」が使われており、座席の隣から、後ろから身を乗り出して自分に話しかけてくれているなど、声以外の音で表現される距離感でキャラクターの存在感を味わうことができる。

まとめ

コンテンツはメディアから一方的に配信されるものを視聴するものから脱し、参加者とともに作り・変化するものが登場してきている。また、技術の進化で参加者ごとに異なる体験を演出することも可能になってきている。

「イマーシブ」はコンテンツやメディアのこうした大きな変化の中にある一つの手段であるということを認識したい。単なるバズワードではないのだ。イマーシブはイマーシブミュージアムに限らないし、メタバースもアバターで遊べる箱庭ゲームに限らない。それを使って何を体験させたいのかが大事で、それを常に考え続けたい。


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