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雨月にて一枝の菊と薄き酒

雨月うげつにて一枝いっしの菊と薄き酒

此の約にたがふものならば、賢弟吾を何ものとかせんと、ひたすら思ひ沈めども遁るゝに方なし。いにしへの人のいふ。人一日に千里をゆくことあたはず。魂よく一日に千里をもゆくと。此のことわりを思ひ出て、みづから刄に伏し、今夜陰風に乘てはるばる來り菊花の約に赴く。この心をあはれみ玉へといひをはりて、泪わき出づるが如し。今は永きわかれなり。只母公によくつかへ給へとて、座を立つと見しが、かき消えて見えずなりにける。

上田秋成『雨月物語』菊花の約
オルガ・ボズナンスカ《菊の花を持つ少女》1894年
クラフク国立美術館

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