見出し画像

アメリカンロビンス2022年シーズンを忘れない(小説)

球場は1920年に前身となる建物があった。改装されたのが2014年。再開されたときには著名な野球人や政界からも大物が招かれた。ライターの東海林康太は感慨深げに思い出す。ただのロビンスというチームの名称は松竹ロビンスとだぶるというので今のAロビンスという名称になった。そうはいっても松竹ロビンスのない今となっては意味がないだろうという人もいた。Aロビンスの創設は1950年。金のない時代によくここまでお金が集まったものだ、当時のオーナー南武百貨店の小田原会長の満足そうな写真が残っている。小田原会長はワンマンとして知られたのだがかわいがる奴はどこまでもかわいがることで知られた。

球団経営は楽じゃないといったのは初代球団代表を務めた吉田賢一郎さんの発言だった。生意気にも(小田原会長談)出した自伝に球団の報酬が少ないのが嫌だとこぼしていた。でも十年以上代表を務めていたのだから嫌ではなかったのだろう。殴り込みといえば吉田代表だというくらい他の球団の選手をかっさらって言った印象がある。「このチームならメジャーのプレーオフでも勝てる」そう語ったMLBでコーチ経験のある人物の発言を聞いて顔がほころばせた代表の映像も残っている。「俺たちは勝つためにグラウンドにいるんだ」わかり切ったことを、という顔をする選手に当時の監督は真っ赤になって説教する。

1960年シーズン。MLBの元指導者を招聘。大してギャランティは使っていないようだ。球団の強化責任者(そういう呼称ではない、経営部長とかそういう名称だったような気がする)がアメリカに出向いて交渉した。アメリカの地元の州の新聞の記事にもなった。

うすら笑いをした選手を突き飛ばした外国人監督。なぜ問題にならなかったのだろう。なにか異論を言ったとかサボタージュ行為を行ったというのではない。選手が別段気分を害していなかった、怪我もしていなかったためというのがお咎めなしになった弱い理由か。外国人は二人?そんな規約など変更しろ。球団の幹部はリーグに何度も出向いた。「また来たよ」という顔をするリーグ会長に滔々と外国人枠の増大を呼びかけ、それは早晩実現したのだ。球団はメジャーリーガーを何人も入団させた。それも指折りの実力を持つ選手。寿司で言うと大トロのようなとはオーナー自らが大言壮語した選手。今のお金で数億円単位を使ったらしいと伝えられた。資本だけはなぜか次から次へと入ってきたらしい謎のチーム。早すぎたバブルかもしれなかった。

 補強はしたがそれで勝てるほど甘くはない。4位で終わったシーズン。監督はコーチ3人を交代させられる結果になった。当時はGMという職務は一般的ではなかったが選手補強に関する部署ができた。外国人選手の補強はやむことがなかった。チームの3分の1は大リーグ出身になった。次シーズンは3位。クライマックスシリーズなどない時代。オーナーから金一封をもらう選手たち。オーナー「来年はもっと頑張ってくださいね」。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?