見出し画像

[小説]故人消失 #3

 いつのまにか眠っていた。はっとして時計に目をやる。13:15だ。急いで体を起こして、謝ろうと思い、涼さんを探す。1階の寝室の方から声がする。奈緒の声だ。相変わらずよく通る声をしている。

「意外と早く起きたんだな。なんかお前午前中からぼーっとしたり、変な汗かいてたり様子がおかしいから、起こさないでおいていたんだよ。疲れているかと思ってな。」

「ほんと!仏みたいな顔して気持ちよさそうに眠ってたよね!ww」

 奈緒にまでいじられた。いや、これはいじっているのではない、馬鹿にしている。顔は完全に涼さんの方を向いてげらげらと笑っている。他人のいないところで「あいつって、あれに似ているよなほらあれだよあれ、めちゃくちゃダサいあの芸人」と、イキりが陰口を叩いている光景にそっくりだ。それを本人の目の前でやるんだから、たいしたものだ。その神経の図太さを尊敬の意すら覚える。

「奈緒、かりにもここは故人の家だろう。仏なんか言葉言うんじゃない!」

 さすがにこれは、と思ったのか涼さんが仕事の顔になる。ただ奈緒が少し気が抜けているのは仕方のないことではある。普段は広報部で仕事をしていて、現場に出て行くことなど数えるほどしかない。ホームページをいじって、俺たちが現場で撮ってきた作業前後の写真を整理して、あとは細かい事務作業をしていることがほとんどだ。だからたまに忘れ物などをして事務所に戻っても仕事をしている様子を見るより、経理のおばちゃんと喋っているところを見る方が圧倒的に多い。涼さんが言うには部長からのセクハラがうざくて転職する科、それが無理なら現場へ異動したいとこぼしているそうだ。

「悪いな、あとで言っておくから。
あ、そうだ。今書斎の整理を楓さんがしてくれているんだ。寝室は俺と奈緒で済ませるから、仁は楓さんと一緒に片づけてきてくれないか。」

 全く。どれだけ部屋あるんだか。1階にはさらに朝俺たちが通された客間と和室が1つ、洋室が1つあるらしい。その3つはほとんど使っていなかったり、故人の物がほぼないからしなくていいらしい。全部屋だったら何日かかったんだろう。

 書斎に入ると、机の椅子に楓さんが座っている。家族で写っているものだろうか。写真立てを寂しげに眺めている。

「あ、目が覚めたんですね。すみません、お手伝いするなんていったのになにもしてなくて。この部屋には入るのがまだ3回目なんです。どんなものがあるのか、少し見てたら面白くなっちゃって。」

 徹さんは頑固だったと言っていたことを思い出した。きっと書斎にも自分なりのこだわりがあったんだろう。

「なんか向こうは恋仲で楽しそうですよね。少し私たちも話しませんか?とは言っても私がちょっと聞いてほしいだけなんですけど。」

 意外だった。朝の感じを見るとサバサバした人なのかと思っていたが、感傷に浸ることもあるんだな。俺が返事をしないうちに語りだした。

「一度ね、子供の時に入ったんです。って言っても忍び込んだようなものなんですけどね。そしたらばれてこっぴどくしかられて。もうそれからはこの部屋がトラウマで怖くて仕方なくて、2回目は父が他界したときです。あんなに怒鳴るほどの部屋って何だろうって思って、もう怒られることもないし、恐る恐る入ってみたんです。そしたら今度は別の意味で怖くなっちゃったんですよねー。並んでる本が不気味なのしかなくて。」

 並んでる本に目をやる。『生と死』、『葬送ー起源と真実』、『帰ってきた黒猫、さよならする三毛猫』、『正義か真実か、あるサラリーマンと連続殺人鬼』、『2003/5~2003/7 ニューヨーク連続放火事件』、『同類で殺し合う唯一の生物』などなど。辺り一面、小説、スクラップ、科学本、論説文、ジャンルを問わず死をテーマにした本がずらりと並んでいる。人気が高いテーマだとは思わないが、それほど不気味だろうか?よく考えたら、俺も昔はホラーなどが苦手だった。怖い話をテレビで見ると、夜一人では眠れなかった。部屋を最大に明るくして寝たこともある。それがいつからだろう。そういえば怖さを感じなくなっている。連続殺人のニュースを知ってもあぁ、そうかという感想しか出てこない。最近はほとんどテレビも見ないのでわからないが、ホラー映画を見ても大丈夫な気がする。だから楓さんが怖がる理由があまり理解できなかった。霊感が強いからなのだろうか。くらいしか理由が思いつかない。

「あまり怖くなさそうですね。それ以来入っていなくて、今日が3回目なんです。できれば入りたくないけど、業者さんに任せてばかりも申し訳ないので。すみません。暗くなってしまって。片づけますね。」

 そういうと、本棚にある本をどんどん運び出した。かなりの冊数がある。これだけの家に住んでる主ならそれもそうか。と、妙に納得して自分も片づけを始める。机の周りを片付けようと思い、引き出しを開けて中のものをどんどん取り出していく。机の両サイドに4つずつ引き出しがあるが、右の1番しただけ鍵がかかっていて開けられなかった。開けようとしているうちにガチャガチャと音がしたのか、楓さんも来た。

「えぇ、鍵が締まってるんですか。どうしましょう。さっきも言った通り私この部屋に入るの3回目でしょ?鍵の置き場所なんてわかるはずないですよ。。。とりあえず、その引き出しは大丈夫です。もう机ごと捨てちゃってください。」

 本当になにも残したくないんだな。こんな立派な机、ネットフリマに出すか、リサイクルストアにもっていけば多少はお金になりそうなのに、捨ててくださいって。まぁ依頼人の頼みだから仕方ない。でもこれは一人では運べないし、涼さんにあとで来てもらって一緒に運んでもらおう。

 そんなことを思っていると涼さんが書斎に入ってきた。

「ここの書斎すげぇな。こんなのドラマでしか見たことねぇよ。で、どうだ?順調か?これだけの本全部処分ってのはちょっときつそうだな。

あ、楓さんもありがとうございます。大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。なんとか前を向いていこうと思います。まずはこの本を運ぶのが大丈夫じゃなさそうですけどね(笑)」

「無理しないでくださいね。ちなみに書斎の椅子や机も捨てられます?」

「はい、それらも全て捨ててください。ただ机の引き出しが一つ鍵がかかっていて開けれないんです。私も中身がなにかわからないんですけど、結構入っているみたいで、ちょっと重たくなってるんですけど、お願いしていいですか?」

「かしこましました。
仁、手伝ってくれー今机出しちゃおう。」

 持ってみるとかなりの重さだ。男二人で運べないことはないが、万が一足に落としたりすれば軽く数本の指は骨折だろう。それにしても、待てよ。なんで楓さん引き出しの中身結構詰まっているのわかったんだ?彼女は椅子に座って写真立てを眺めていたくらいだし、そもそもこの部屋に入るのはまだ今日で3回目とか言ってたじゃないか。

「ドンっっっ」

 結論を出す前に腕の限界が来てしまった。玄関を少し出たところで落としてしまった。俺が持っていたのは開かない引き出しがある側だ、幸か不幸か、落とした衝撃で鍵がゆがみ、すこし中が見れるようになった。もう少し引き出しだけ引っ張れば中身を取り出して、軽くできる。見たかったのが本音だが。 
 中を見てみるとあらゆる事件の写真や新聞の記事をまとめているファイルがいくつも出てきた。いや、あらゆるではない、全部一つの事件だ。2020/5~7 和歌山県集中豪雨、と書かれてある。そういや、あったな。そうだ、この辺りは一番被害が大きかったんだ。近畿南部から中部地方を季節外れの台風がやってきて大暴れしたんだった。かなりの死傷者も出てたな。徹さんの興味からいうと、確かにスクラップする理由は揃っている。死をテーマにしている。でもこれって災害だから仕方ないんじゃないのか?しかもわざわざ鍵付きの引き出しに入れるなんて。なんでこの記事のまとめだけ大切に保管されていたんだ。しかもかなりの量。

この事故には一体どんな謎が隠されているんだよ。


※物語はすべてフィクションであり、実在の名前や団体などとは一切関係ありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?